これはもはや事故です!
 「でも……」っと、美羽は心の中でつぶやきながら、目の前にいる磯崎に視線を移す。

 ……冷たい夜道で抱き上げてくれた。
 痛みで泣きそうになった時、真っ先に支えてくれた。
 朝ごはんまで作ってくれた。
 そして職場にも連絡してくれていた。

 こんなふうに誰かに気にかけてもらったのは……いつ以来だろう。
 だけど、それは責任感から出た行動。
 期待しちゃいけない。
 勘違いしちゃいけない。
 
美羽は、グッと歯を食いしばり、自分に言い聞かせる。

「……本当に、無理をしていないか?」

「だ、大丈夫です。あの……慣れているので」

 そう言って、下を向く美羽の横顔を磯崎は見つめた。

「……ひとりでいることに、か?」

「あ、ひとり暮らしだから……慣れているという意味です。変な言い方をして、すみません……」

 美羽の声は震えていた。
 磯崎は視線を前に向け、静かに言う。

「謝って欲しくて言った訳じゃない。無理して、ひとりで抱え込む方が危険だから、頼ってくれたらと思ったんだ」

(……どうしよう。もう泣きそう)

 落ちそうになる涙をごまかすように、膝の上でぎゅっと手を握る。

「着いたら、荷物を運ぶ。階段は俺が支える」

「えっ、でも……」

「頼む。君をひとりで帰らせることだけは、できない」

 その声音があまりに真剣で……胸が、また揺れた。

「……わかりました」

 美羽は自分でも驚くほど、小さな声でうなずいた。

(……やっぱり、優しい。優しすぎるよ。でもそれは、磯崎さんが“責任感”でしてくれていること。……だから。期待しちゃ、だめなんだ)

 夕暮れの街を走る車の中で、美羽はそっとまぶたを閉じた。

 もうすぐ着く。
 この優しさから距離を置かなくちゃいけない。

 恋を知らない胸が、きゅっと痛くなった。






 

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