これはもはや事故です!
 振り返った美羽の目に映ったのは、大学生くらいの若い男の子だった。
 優しそうな顔……だけど……。

(……磯崎さんじゃなかった)


「大丈夫ですか?歩けます?荷物、持ちましょうか?」

「あ、い、いえ!大丈夫です!!」

 大きく手を振って断ると、彼は困ったように眉を下げたが、それ以上は何もしてこなかった。

「……気をつけてくださいね」

「は、はいっ!ありがとうございます!」

 頭を下げると、男の子は去っていった。

 残ったのは、じんじん痛む足首と、胸の奥の変なざわめき。
 
 男の子の背中が人混みに紛れて見えなくなるまで、美羽はその場に立ち尽くしていた。

 ハッと我に返ると、袋の取っ手が、指に食い込んで痛い。
 足首の痛みも、じわじわと主張してくる。

 さっき、腕を掴まれた瞬間。
 思わず浮かんだ名前は、ひとつだけだった。

(……磯崎さん)

 自分でも驚くほど、自然に彼の事を思っていた。
 疑う余地もなく……彼を望んでいた。

(もし、あの手が磯崎さんだったら……。
 きっと、何も言わなくても荷物を取り上げて、「無理するな」って、低い声で言ってくれたはず……)

 それを想像しただけで、美羽の胸がきゅっと締まる。

(……だめだ。考えちゃだめ)
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