これはもはや事故です!
 優しい人なんて、世の中にたくさんいる。
 さっきの男の子だって、そうだった。

 それなのに。

(……磯崎さんだったら、って……)

 そう思ってしまう自分が、怖かった。

 美羽はぎゅっと唇を噛みしめ、もう一度、袋を持ち直す。

(私は、一人で大丈夫)

 自分に言い聞かせながら、足を引きずるようにして歩き出した。
進むたびに、袋が揺れて手首に食い込む。
マンションの階段をやっとの思いで上がり、部屋の前へたどり着く頃には、足は熱を持ち始め、もうは限界だった。

 玄関に荷物を置いた瞬間、動けなくなる。

「……はぁ……つら……」

 立っているのが辛くて途中で崩れ落ちるように床に座り込んだ。

「もう……限界」

 一つ息を吐き出してから、這いずるようにして、部屋の中へ入り、冷蔵庫を開けて買ってきたものを入れた。

「はあ、お弁当温めて食べないと……あっ……」

 そう言って立ち上がろうとした瞬間、バランスがくずれる。その拍子に、片手で支えた弁当が傾き、床の上に散らばってしまった。

「あーっ、やっちゃった……」

 もう、食べれなくなってしまったお弁当。
 それを必死に拾い上げた瞬間、涙がひと粒こぼれた。

「……なんで……こんなことも、できないの……」

 磯崎との生活で、どれだけ甘やかされていたかを思い知る。

 もう、何かをする気力もない。
 足が痛くて立てない。
 床に座ったまま、息がうまく吸えない。

「磯崎さん……」

 名前を思い浮かべた瞬間、胸に広がる切なさがどうしようもなかった。

 スマホを取り出し、通話アプリを立ち上げた。
 でも、磯崎の名前のところで指が止まる。

「頼っちゃだめだよ。自分から帰るって……。ひとりで大丈夫だって、言ったんだから……」

 小さく声が漏れた。

「でも……もう一人で頑張るの……しんどいよ……」

 冷蔵庫のモーター音だけが静かに響く部屋で、美羽はひとり、スマホを見つめていた。
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