これはもはや事故です!
 美羽は涙を拭きながら、ゆっくり立ち上がった。
 足首がじん……と痛む。

(もう……無理かも。誰かに頼りたいよ。でも、磯崎さんに連絡したら、きっと私は、戻りたいと思う気持ちをごまかせなくなる)
 
 手にしているスマホの電話帳アプリをスクロールしていると、ある人物の名前が目に留まった。

(……お母さんに、少しだけ甘えてみようかな)

 大人になってからほとんど話していない。
 けれど、今日だけは声が聞きたい。

 震える指で番号を押す。
 コール音がして、久しぶりの母の声が聞こえてくる。

「もしもし〜?久しぶりねぇ、美羽?」

「あ、あの……お母さん……」

「元気にしてる? ねぇ聞いてよ〜!明日からね、旦那さんと台湾旅行に行くの〜」

 電話口から聞こえる母の浮ついた声。旦那さんというは、美羽の父ではなく、再婚相手の事だ。

「え、明日……?」

「そうそう!三泊四日〜!楽しみなのよ〜。あ、そうだ、美羽は何かお土産欲しいものある?」

 まるで遠い親戚と話しているみたいだった。

(……ああ、そうだよね。私はもう、この人の家族じゃないんだ……)

 そう思うと、石を飲み込んだように気持ちが重くなる。

「あ、ううん……お土産は……大丈夫……」

「遠慮しなくていいのに〜!あ、でもほら、あんまり高いものは無理よ?
 だって私も色々お金かかるし〜」

(……どうして。久しぶりに連絡したんだから、『どうしたの?』って聞いてくれないの……?)

 言いかけた“痛い”も、“つらい”も、全部喉につっかえて、消えていった。

「じゃあ、お母さん行く準備あるから〜またね!」

 ぷつん。

 とても軽い音で通話が切れた。

 スマホを持つ手が、ゆっくり下に落ちる。
 冷蔵庫の前で立ち尽くしたまま、視界がじんわりにじむ。

(お母さんには、頼れない。……やっぱり、私は誰の家族でもないんだ。こんな時ぐらい、甘えたいのに……ひとりで、つらいよ……)


< 80 / 132 >

この作品をシェア

pagetop