これはもはや事故です!
あの日、美羽は、申し訳なさそうに息を殺していた。その記憶が余計に、磯崎の胸を締めつける。

「……すみません」と言った声は、頼ることに慣れていない人間の声だった。

(……手放せると思ってたのか)

 玄関で立ちつくしたまま、磯崎は視線を落とす。
 そこには、美羽が忘れたヒール。

(……馬鹿だな)

 守るつもりで距離を取った。
 押しつけないつもりで、送り出した。

 でも、それは、彼女を一人に戻しただけだったのかもしれない。

 磯崎は、ゆっくりとヒールに手を伸ばした。

(……このまま、何もしないでいられるか)

 答えは、最初から決まっていた。

 彼女の体温を知ってしまった。
 あの温かさを、忘れられるわけがない。

(……返すだけだ)

 そう言いながら、それが、言い訳でしかないことも、わかっていた。

(……心配なだけじゃない……会いたいんだ)

 胸の奥で、その本音が、静かに形を持った。
 
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