これはもはや事故です!
 その温もりに、戸惑うように、美羽は小さく息を吐いた。

「……磯崎さん……」

 名前を呼ぶ声が、かすれる。

 磯崎は、美羽の手を包んだまま、動かなかった。
 近づきすぎない。
 でも、離れもしない。

「……無理なら、言ってくれ」

 低く、静かな声。

(……選ばせてくれる)

 急がせない。
 確かめさせてくれる。

 美羽は、ゆっくりと顔を上げた。
 すぐそこにある磯崎の視線と、ぶつかる。

 近い。
 でも、触れていない。

 胸の鼓動が、うるさい。

(……怖い。
 でも、……この人なら。)

 美羽は、ぎゅっと握っていた袖を、そっと引いた。

 ほんの数センチ。
 それだけで、距離が縮まる。

 磯崎の呼吸が、わずかに深くなる。

「……美羽さん?」

 返事の代わりに、美羽は、ゆっくりと目を閉じた。

 逃げない、という合図。

 磯崎は一瞬だけ迷い、それから、ためらうように、美羽の額に自分の額をそっと寄せた。

 額が触れる。
 吐息が混じる。

「……好きだ」

 囁くような声。

 美羽は、震える声で、でもはっきりと答えた。

「私も……」

 その瞬間、磯崎は、ゆっくりと顔を傾けた。
< 90 / 132 >

この作品をシェア

pagetop