これはもはや事故です!
 触れるか触れないかの距離で、一度、止まる。

 逃げ道は、まだある。
 でも、美羽は、逃げなかった。

 次の瞬間。
 唇が、そっと重なった。

 深くもなく、強くもない。
 確かめるように触れて、すぐに離れる……はずだった。

 でも、美羽は、無意識に、磯崎の袖をもう一度、きゅっと握った。

 離れないで、という合図。

 それを感じ取って、深い口づけに代わる。
 熱い吐息が、混じる。
 胸の奥が、じん、と熱くなる。

 やがて、ゆっくりと唇が離れる。
 だけど、離れ難くて、額と額をコツンと合わせた。

 額が触れたまま、磯崎は動かなかった。

「……ありがとう」

 その言葉に、美羽は目を開ける。

「……どうして、ありがとうなんですか」

 磯崎は、少し照れたように息を吐いた。

「信じてくれたから」

 美羽の胸が、きゅっとなる。

(……信じる)

 それは、誰かに委ねたというより、自分の気持ちを、ちゃんと認めた感覚だった。

 美羽は、小さく笑って、そっと言う。

「少し……怖かったです」

「うん」

「でも……ちゃんと、嬉しかった」

 磯崎は、それ以上、何も言わなかった。
 ただ、美羽の手を離さずに、静かに握り返した。

 急がない。
 奪わない。

 この人となら、ゆっくり、恋をしていい。
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