夫のいない間に
 「俺が置いていった預金通帳と、印鑑と権利書、今すぐ返せ」

 現実は、あの映画のようにハッピーエンドとはいかない。

 マキロンが、風呂上がりの夫の足にまとわりつき、汗をしきりに舐めていた。

 それを蹴って制する夫が、知らない他人のように思えた。

 私の中で、夫は、もうずっと前から消えていたのかもしれない。

 「何だよ、さっきから黙って。口もきけなくなったのか?」


 ″おかえり″も言わせなかった貴士が、開けたビールの缶を、ペットボトル用の空き箱に投げ入れた。


 私は、ようやく夫だった男に言葉をかけた。




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