三度目の人生は、キミのために。

12:才能の使い道

「気になることを放っておかないのが、私の才能」

 ルイスは人が悩んでいるときに、取り繕う嘘を言わない。だからルイスが才能だというなら、事実のはずだ。
 事実だと思ったからこそ、ロアは驚いていた。
 欲しいと思っていたものを、実はずっと持っていたなんて。

「……考えたことなかった」
「ロアは、自分では当たり前だと思ってるかもしれないけど、誰にでもできることじゃない」

 ルイスはロアの気持ちをそっとすくい上げるように言った。
 静かな図書館の中で、その優しげな声だけがロアの鼓膜と心の奥を揺らしていた。

「みんな、気になっても見ないふりをする。今は忙しいからとか、いつか調べようって。そうやっているうちに、〝気になる〟って感覚はなくなっていくと思うんだ」

 ロアには、ルイスの言う〝気になる感覚はなくなっていく〟という言葉の意味が、痛いほどわかった。

 一度目の人生。
 大人になってから〝気になる〟という強い感覚があったことなんて、もう思い出せない。
 思い返せば、子どもの頃には確かにあって、いつの間にかなくなってしまった。 

「ロアが持っている〝気になる〟って気持ち。どうしてだろうって思う気持ちは、人間が文明を進める原動力なんだよ」

 ルイスはそう言うと、本棚に並ぶ本に視線を移した。

「本はぜんぶ〝気になる〟から始まってる。昔、どうして人は苦しまないといけないんだろうって思った人がいたから、医療がある。どうして人は争うんだろうって思った人がいたから、歴史が残った。火が消える理由に疑問を持った人がランタンを作って、もっと楽に水を汲めないか考えた人が、井戸の滑車を作った。誰かが疑問に答えを出して、他の誰かがそれにまた疑問を持つ。そうやって文明は、一つずつ鎖を繋ぐみたいに続いている」

 ロアもルイスと同じように、本棚を眺めた。
 ここにある本すべてが、生きた人間が形作り、触れたもの。

「目の前のことを〝仕方ない〟〝それが当たり前だ〟って決めつけていたら、なにも変えられないんだよ。学者って呼ばれる人たちは、気になる感覚を放っておけない。どうしてこうなるんだろう、他に方法はないのかって、考えずにはいられない」

 ルイスは本棚から視線を逸らすと、膝の上の本に触れた。
 それは彼が、いつも持ち歩いている一冊の本だった。

 ざらついた表紙をなぞる音さえ大きく聞こえる。

 辺りは静かだった。
 天窓から漏れた一筋の光以外に、視界を揺らすものはなにもない。

 答えを出せないこと、胸の騒めき。自分のすべてが許されているような、穏やかな感覚。

 シェルが宇宙の魔法を見せてくれたときと似ていて、少し違う。
 短い一瞬を重ね続けて今を見ているような、一秒ごとに更新される世界の流れを眺めているような。

 ロアは、その感覚に身を委ねてみたくなって、ゆっくりと目を閉じた。

 本の匂いを感じた。
 古い紙。酸化したインク。
 少しカビっぽい、長年積まれた埃の香り。

 時代の重みを感じる。
 それは、深く深く、腹の奥に沈むようだった。

 本の作者。
 気になるという感覚を持って、本を手に取った人。
 図書館にある本には、多くの今は亡き人が触れてきた。

 いったいどんな人たちが自分と同じ本を手に取ってきたのだろう。
 どんな思いで死んでいったのだろう。
 その人ももしかすると、生きている間に、誰かを助けたいと必死になって本を読んだのかもしれない。

 こんな思いを、歴史に名を刻まなかったたくさんの人がしてきた。
 今は亡き誰かが本を手に取って思いを馳せた未来に、自分も含まれていたのだろうか。

 この美しい世界を、ただ生きているだけなんて、もったいない。

 ロアは目を開けて、自分の目で世界を見た。 
 身に余ると思っていた自分の才能を、今は持て余してしまうほどに感じていた。

「気になることを放っておかないのが私の才能って、思ってもいいのかな」

 どんな言葉が返ってくるかわかっていながら、ロアはルイスを見た。
 ルイスはロアを見つめ返すと、優しく笑った。

「それでいいんだよ。ロア」

 二人で笑い合う空間は、あまりにも穏やかだった。
 なにも変わらない。
 ルイスは二度目の人生で、小さな村の中で、勿体ないくらいの幸せをくれた。

「俺だけ仲間外れ?」

 二人の空気を裂いたのは、不機嫌そうなシェルの声。
 二人は弾かれたように声の方へ視線を移すと、シェルはむすっとした様子で図書館の入り口に立っていた。

「違うよ、シェル。二人ともここに居るかなって思ったら、ロアだけいたんだよ」
「だってロアが先に帰ったんだもん。調べたいことがあるって」

 小さな子どもに説明しているようにも聞こえるルイスの声。シェルは変わらず、むすっとした様子で入り口に立っている。

「そんなところに立ってないでこっちに来たら?」

 ロアがそう言っても、シェルは少し渋っていた。

「ここ、空いてるよ」

 ルイスが言うと、シェルは少し機嫌を取り戻して図書館の中に入ってくる。
 そして、ルイスが示したソファに腰を下ろした。

「……なんで私の時は素直に来ないわけ?」
「ふてくされてるからですー」

 自分で〝ふてくされてる〟と言ってしまうあたりが、天然メンヘラ製造機のシェルらしい。
 可愛らしいシェルに次の文句も出てこないまま、ロアは「あっそ」と呟いて興味がないふりをした。

「ロアは学者に向いているよねって話をしてたんだ。シェル、どう思う?」
「絶対学者向きだよ。歴史保全課にいそうだもん」

 ふてくされた余韻を残しつつ、当然と言った様子でシェルは言う。
 この流れからして、もしかして〝歴史保全課にいそう〟という新手の悪口かと疑ったロアは、シェルを見た。

「歴史保全課ってなに? 新手の悪口?」
「違うよ。歴史保全課って言うのは、ざっくり言うと、歴史を研究しているところ。ご飯食べてても急に立ち上がって図書館に走って行ったりするのは、だいたい歴史保全課の人たち」

 ギリ悪口にも聞こえるシェルの説明に、ロアの感情は迷子になる。
 しかしシェルの性格上、ギリ善意での説明というところに収まって、ロアは気持ちを切り替えた。

「で。ロアはどこに入りたいって思ってるの?」
「……どこに入りたいって? なんの話?」

 ロアの問いかけに、シェルは不思議そうな顔をした。

「なんの話って、騎士になるんでしょ?」
「……誰が?」
「ロアとルイスが。王都にいくために」

 なんだか大きく一つ食い違っている気がした。
 解決しなければ。そう思って頭を働かせた矢先に、先に口を開いたのはシェルだった。

「えっ、待って。騎士になって王都に来るんだよね?」
「全然、考えてなかった。商人とか、そんな感じで行こうかなとか……」
「王都に来るって、ただ王都に住むって事だったの?」
「いや、そりゃマーテル城の中がいいけど、そんな仕事簡単に見つかるわけないって思ってて……」
「本読んでるから、てっきり騎士になるんだと思ってた」

 本を読んでいるから、騎士になると思っていた?
 まったく噛み合わない会話に、ロアはシェルをまじまじと見ながら口を開いた。

「……シェル、なに言ってんの?」
「えっ、ロアこそなに言ってんの……? 怖い……」

 すれ違いすぎて同じレベルの恐怖を感じて、お互いに引いている頃。ルイスは困った顔で笑った。

「シェルはロアの〝王都に行きたい〟って言葉を聞いて、騎士の採用試験を受けるって思ってた。でも、ロアはまだ、どうやって王都に行くかは想像できなかった。ここまでいい?」
「俺はそれが言いたかった」
「そう。私もそれが言いたかった」
「それでね、ロア。騎士って、剣や魔法を使って戦うだけじゃないんだ」

 ルイスがそう言うと、シェルは何度も頷きながら口を開く。

「そうそう。騎士が戦うだけだったのはずーっと昔の話。今の〝騎士〟って言うのは、国にとって重要な人たちに、マーテル国王が与えてる称号のこと。だから国で働く学者は、騎士になるんだよ」

 『騎士は城の周りにある研究都市で、それぞれの得意を活かして国のために働く』
 そう言ったリディアの言葉を思い出した。

 『合格率は5%前後くらいかね』
 合格率5%。
 一度目の人生なら医者や弁護士になれるくらいの難関試験に、自分が通るはずないと思って、まともに考えていなかった。

 だけど今なら、思いきり背伸びをすれば、手が届きそうな気がした。
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