三度目の人生は、キミのために。

14:選んだ道を正解にするには

 ――自分で選ぶこと。誰かに選ばれること。どちらが楽か。

 至った答えは、一度目の人生と二度目の人生で、流されるままに生きたこと。
 そして三度目の人生で、自ら選んで生きていることだった。

「……誰かに、選ばれることの方が楽だと思う」
「それはどうして」
「誰かに選ばれれば、誰かのせいにできる。だけど自分で選ぶと、その責任を自分で取らないといけない」
「ほう。……では、自分で選んだ責任を請け負うのは、辛いことか?」

 ロアは、リディアの問いに責める意図を感じなかった。
 きっと善悪も、正誤もない。
 ただ、事実だけを撫でるように、思考の奥へ手を伸ばされている気がした。

 これが考えるということなのか。
 こんな状況で感心してしまう自分が、少しだけおかしく思えた。

 ロアは少しだけ気が抜けた気持ちで、リディアの問いに向き合った。

 ――自分で選んだ責任を請け負うのは、辛いことか。

 思い出したのは、シェルの魔法で空を飛んだ時のことだった。

 もっと魔法が見たかった。
 もっと、自由なシェルを見ていたかった。

 だから、止めないことを自分で選んだ。

 王都の人間はシェルを連れ戻そうとした。
 それでも今、シェルはトアルの村で笑っている。

「辛いことばかりじゃない。結果がよければ、辛くないと思う」
「では、その結果が悪かったらどうする? 結果が悪かったとしても、自分の選択に胸を張れるか?」

 ――結果が悪かったとしても、自分の選択に胸を張れるか。

 ベルトラード公爵の判断で、シェルが王都に連れ戻されていたとしたら。
 きっと、シェルが魔法を使うことを止めればよかったと後悔した。

 その後悔を辿ると、生活を捨てて本を読み、シェルに心配をかけたことが原因。
 では、最初から本なんて読まない方がよかったかと言われれば、違う。

 この問いに、正解はあるのだろうか。

「キリがないだろう。自らの責任の所在を問うことは」

 ロアは、まるで心の内を覗かれているような気がして、思わずリディアを見た。
 けれど彼女は、相変わらず本から目を離さない。

 リディアがページをめくる音だけが、時の流れを告げている。

「だから人は、自分で選び続けなければならない。学ばなければ、選べなくなる。自分を見失えば、学びも止まる。お前が踏み出そうとしているのは、そういう道だ」

 騎士という道を選べば、立ち止まることは許されない。
 それなら、なにも選ばなければ、止まれるのだろうか。

「……もし、選ぶことをやめたら。学ぶことをやめて、全部止まったら、どうなるの?」

 恐る恐る、ロアは問いかけた。
 まるですべてを知るという時の魔女に、自分の行末を問いかけるように。

「どうなると思う?」

 頭の中では言葉にならないものが、なにかを告げている。

 生きていれば、どうにかなる。
 そう言い聞かせて、今日も一日が終わる。

 楽しいと思えることは、なにひとつ思い出せない。
 それは本当に生きていると言えるのだろうか。

 変わりたいと思いながら、なにもしなかった今日。
 明日もまた、気を使って、やり過ごすだけの一日。

 ――選ぶことをやめたら。その問いの答えを、私はもう知ってる。

「他人に流されて生きていくだけだ」

 リディアの放った言葉は、ただの事実だ。

 どんな選択をしようとも、生きることは楽ではない。
 楽に見える道は、ただ自分で選ばなくていいだけだ。

 リディアはページをめくる手を止めて、しっかりとロアの目を見た。

「正解を問うな。絶対的な正解など存在しない。選び続ける人間に必要なのは、自分の選択を正解にする力だ」

 リディアは本を閉じ、静寂を手放した。
 議論は終わった。彼女がそう告げていることは明確だった。

 今まで限定的な世界に閉じ込められていたのかもしれない。
 視界が開けたような、緊張の糸がほどけたような、そんな感覚だった。

「今日はここまでにしよう。問いを止めるなよ、ロア」

 その言葉を最後に、出入口の扉が閉まる。
 リディアが去った部屋の中は、ひどく閉鎖的に思えた。

 いつ陰ったのか。太陽は雲の裏側に隠れたらしい。

 ロアは殻に籠もったような部屋の中で、ソファに身体を預けてぼんやりと本棚を眺めた。

 ――正解を問うな。絶対的な正解など存在しない。選び続ける人間に必要なのは、自分の選択を正解にする力だ。

 自分の選択を、正解にする。

 ――人は、自分で選び続けなければならない。学ばなければ、選べなくなる。自分を見失えば、学びも止まる。お前が踏み出そうとしているのは、そういう道だ。

 選び続けるために、学び続ける。
 学び続けるために、自分を見つめ続ける。

 自分を見つめるって、どうしたらいいんだろう。

 ロアは、自分の感情に耳を澄ませた。

 騎士試験が怖い。
 王都が怖い。
 拒絶されて、なにも掴めない未来が怖い。

 なぜ、こんなに怖いのか。

 一度目の人生で経験した、面接試験。
 評価され、値をつけられ、切り捨てられる場所。
 魔法が使える人間ばかりの中に、放り込まれる感覚。

 ロアは曇った気持ちを少しでも外に押し出そうと、息を吐き切った。
 今日はとても、重たい一日だ。

 運動と心の動きの共通点を見つけて。
 自分の才能を見つめて。
 自分の弱さを突きつけられて。

 ロアはずるずると背もたれを滑り降りて肘掛けに頭を乗せる。

 ――呼吸が深くなるということは、心の動きが落ち着くというわけである。

 図書館で読んだ本の一節を思い出し、ロアはゆっくりと息を吸って、それから吐き出した。

 何度かそれを繰り返していると、取り巻いていた霧は少し収まったように思えた。

 選ばなければ、昔の自分に逆戻りしてしまう。
 だけど、選ぶことが怖い。

 どちらも苦しいなら、どちらを選べばいい?

 ――走ると心臓の音が大きく鳴る。すなわち、血流が促進されるのである。

 別の一節を思い出し、ロアは立ち上がった。
 走る元気はない。だけど、気分転換に少し歩きたい。

 ロアは扉を開けた。

 シェルと彼の従者が廊下を歩いていた。二人はロアに背を向けていて、気付かない。
 シェルはルイスとの図書館での遊びを切り上げたようだ。

「今日のご飯なにー?」
「本日は肉料理をご用意しております」
「やったー。楽しみにしてるって、シェフに伝えて」

 〝シェフ〟という言葉が、すらりと出る。
 そんなところが、やっぱり王族だと思った。

 自室に到着したシェルは、従者とともに部屋の中へ入っていく。

 見ていないところでも、シェルはシェルだ。
 そう思って、ロアは思わず笑ってしまった。

 笑ったまま俯いて、床を眺めていた。
 このままではマイナス思考になる。そう思ってロアは、顔を上げた。

 屋敷を出たロアは、薬草畑と小さな家を通り過ぎて、図書館の方に向かった。

 日は少しずつ落ちている。
 家の輪郭が、少しずつ影に溶けていた。

 家畜を小屋に入れた男が家路につき、トアルの村に〝誰も知らない時間〟が流れる。

 みんなそれぞれ、家で家族とのひと時を楽しんでいる。

 どの家からも、夕食の気配が立ちのぼっていた。
 焼いたパンの香りと、遠くの笑い声。

 人間が暮らす気配が、ロアの胸を撫でて通り過ぎていく。

 誰も急いでいない。
 急がなくても、困らない世界だった。

 ――やっぱり、こんな素敵な村で一生を過ごすのもいいんじゃない?

 また頭の中で、誰かが囁く。

 図書館のドアが開いた。
 出てきたルイスは一冊の本を抱えて立ち止まり、夕暮れを眺めた。それから、村を見渡すようにして歩き出した。

「ルイス!」

 ロアがそう声をかけると、ルイスは弾かれたようにロアを見た。

「ロア、どうしたの?」

 ロアは少しためらって、それからルイスに近づいた。

「……私の話、聞いてくれないかな」

 ロアがそう言うと、ルイスは優しい顔で笑った。

「うん。いいよ」

 ルイスはそう言って、展望台を指さした。

「上に行こうか」

 生活の気配を横切って、二人は展望台に上った。

 展望台は、トアルの村全体を見下ろせる。
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