マリオと麻理

1. 変な気持ち

 それは学校帰りのことだった。 賑やかな交差点で信号が変わるのを待っていた時のこと。
3,4人の男の子に囲まれて迫られている女の子を見付けたぼくはその輪の中に割って入った。
 「何だよ? お前なんかに用は無いんだ。 あっち行ってろ!」 一人の男の子がぼくに唾を吐いてきた。
「舐めんじゃないよ! 弱い者虐めしか出来ないのかい?」 「何だと? のぼせんじゃねえ! やっちまうぜ!」
一人の男の子がぼくに飛び掛かってきた。 頭に来たから思い切り膝蹴りをプレゼントしたらひっくり返ってしまった。
そしたら他の男の子たちは蒼くなってみんな逃げてしまった。 「大丈夫かい?」
「怖かった。 どっかに連れていかれるんじゃないかって、、、。」 「名前は何て言うんだい?」
「ぼくはマリオだよ。」 「え? マリオ?」
ぼくはそれがどうも信じられなくて女の子をじっと見詰めてしまった。 「ほんとにマリオなの?」
「そうだよ。」 「信じられないなあ。 どう見たって君は女の子でしょう?」
「、、、、。」 「ちなみにぼくは麻理。 よろしく。」
こんな感じでヘンテコなぼくらは出会ったんだ。 マリオは市立高島中学の2年生。
ついでにぼくは市立山岸中学の2年生だ。 同い年だったのにはお互いに笑ってしまった。
 それからのぼくらはあの交差点で同じ時間に待合せることにした。 とても不思議だった。
マリオは何処から見ても女の子だし、ぼくは何処から見ても男なんだよ。 母さんたちは何とも思わなかったのかなあ?
 授業が終わるとぼくはマリオが来ているらしいあの交差点へ急ぐ。 部活もやってないから帰りはいつもぼく一人。
「今日も下駄箱にラブレターが入っている。 誰なんだろう?」 不思議には思うけど読む気も無いから取り出すとそのままゴミ箱へ。
 いつもきれいな言葉が並んでいるんだ。 「ボーイッシュなあなたが好きです。」とか言って。
ボーイッシュって言うよりもぼくは男なんだけどなあ。 でもなぜか女の子に見られてしまう。
麻理って名前がいけないんだな たぶん。 お母さんは何とも思わなかったのかなあ?
 そんなことを考えながら交差点へ、、、。 あの日のようにバッグを抱えたマリオが立っていた。
「マリオ お待たせ。」 「ああ、やっと来た。」
「やっとは無いよ。 これでも急いで来たんだから。」 「ごめんごめん。」
「この間は何をしてたの?」 「この辺でボーっとしてるのが好きだからブラブラしてたんだ。 そしたらあの高校生たちに絡まれちゃって、、、。」
「やっぱり高校生だったんだ。」 「うん。 何処とかの県立高だって言ってた。」
「それでマリオに何だって?」 「可愛いじゃん。 付き合わない?って聞いてきたんだよ。」
「それでずっと絡んでたわけね。」 「でも麻理が通りかかったおかげで助かったよ。」
「そうかなあ? 県立って言ったら浜茄子高校でしょう? あそこはどう見ても悪いのしか居ないから。」 「お前か。 仲間をボコボコにしたのは?」
「は? 何のこと?」 「とぼけるんじゃないよ。 お前にやられたって聞いたぞ。」
「あんた誰?」 「ほう、俺のことを知らないのか? この辺じゃ俺のことを知らないやつは居ないはずだけどなあ。」
「あたしもこの変だけどあんたみたいなのは知らないよ。」 「のぼせるんじゃねえよ。 その顔がどうなってもいいのか? お姉ちゃん?」
「あんたみたいなゴキブリに用は無いからさよならね。」 「待て! 俺を怒らせたらどうなるか教えてやる!」
「麻理‼ 危ない‼」 マリオの鋭い声が聞こえた。
 ぼくは振り向きざまに膝蹴りをお見舞いしてさっさと歩き始めた。 後ろでは股間を押さえている男が派手な泣きべそをかいて転がっていた。
「麻理は何ともなかったの?」 「ぼくかい? ぼくはこの通り。」
「強いんだなあ。」 「違うよ。 あいつが弱過ぎたんだよ。」
「でもあの人は、、、。」 「たぶん、怒鳴ることしか出来ないんだよ。 だからみんなが怖がってるだけだよ。」
「そうなのか。 それならいいんだけど、、、、。」

 ぼくは女の子として田村家に生まれてきたはずだった。 でも中学生になっても膨らむ物が膨らまない。
だから(本当は男だったんじゃないか?)って思うようになったんだ。
 それと同じくで山川家に男の子として生まれたはずのマリオは膨らむはずが無い物が膨らんできて自分を信じられなくなってしまった。
(ぼくはいったいどっちなんだ?) マリオもぼくも同じ疑問を抱えていた。
親に聞いたってもちろん分かるはずがない。 先生に聞いたって応えられるはずがない。
それぞれの心の中で男なのか女なのか、迷いに迷って歩いてきた。
そんなぼくらがあの事件をきっかけにして出会ったんだ。 ぼくはマリオに不思議な魅力を感じていた。
それは自分でも解けない謎だった。 いや、解かないほうがいい謎かもしれない。
 こうしてぼくらは毎日のようにあの交差点で会うことにしている。 雨の日も晴れの日も。
でもさ、会えば会うほどマリオが女らしくなっていくんだ。 顔付までね。
 (ぼくって女だったよな。 それが女の子に恋してるなんて、、、。) それがなぜか悪いことのように思えてくるんだ。
時にはマリオと会うのをやめようかとさえ思ったことが有る。 でもやめられなかった。
マリオを一人にしたくなくてさ。

 ぼくが浜茄子高校の3年生をギャフンと言わせたことは中学生の間でたちまちに広まってしまったらしい。
それだからか学校当てにラブレターが届くようになってしまった。 「こんなことをされたんじゃ困るんだけどなあ。」
 生徒指導部長の神崎先生も渋い顔をしている。 「そんなことぼくに言われても困ります。」
「君は女なんだからもっと優しくお淑やかにしなさい。」 「無理です。 これが性分なんで、、、。」
「突っ張るのも今のうちだぞ。」 「突っ張ってなんかいません。 これが本当だから。」
「君も頑固なやつだな。 まあせいぜい低額にならんように気を付けるんだな。」 神崎先生はムッとした顔で部屋を出て行った。
そんなことを言われてもぼくにだってどうしたらいいのか分からないよ。

 それから2週間ほど経った木曜日のこと。 もう5月も下旬で中間考査の話が盛り上がっていた頃だ。
いつものように交差点にやってくるとマリオが居ない。 (どうしたんだろう?)
角のベンチに座って待っていると中学生らしい女の子が走ってきた。 「あの、、、。 あなたに用事が在るっていう人が居るんですけど、、、。」
 ぼくは(マリオだ。)と思って一緒に喫茶店裏の公園へ行ってみた。 ところがマリオは何処にも居ないんだ。
 「おかしいなあ。」 辺りを探し回っていると「お前に用が有るのは俺だよ。」って大きな男が歩いてきた。
「マリオは?」 「ああ、あいつなら今頃はだちが可愛がってるよ。 フフフ。」
「可愛がってる?」 「あんな可愛い女はそう居ないんでね。 可愛がらせてもらってるよ。」
「じゃあぼくに何の用が有るんだ?」 「あの子から手を退いてもらおうと思ってな。」
「無理だ。 そんなことは出来ない。」 「なかなか強気だねえ。 お姉ちゃんよ。」
「マリオにすぐに会わせてくれ。」 「お前が俺を倒せたらいつでも会わせてやるよ。」
男の手の中に何かが光っているのが見えた。 (ナイフだな。)
直感したぼくはサッと身構えた。 「ほう、剣道でもやってたのか?」
「何もやってないよ。」 「何もやってないのに構えるなんてすごいなあ お姉ちゃんは。」
「あんたとは生まれが違うんでね。」 「何だと? 俺を馬鹿にする気か‼」
「馬鹿にしなきゃ何にするんだよ? ナイフでも持ってないと怖くて歩けないんだろう?」 「貴様! 言わせておけば‼」
 男は無我夢中でぼくに飛び掛かってきた。 ヒョイット交わしてナイフを盗み、それを溝に投げ捨ててから顎をぶん殴る。
「グーーーーーーー、、、、、。」 ぼくは男の悲鳴を聞きながらさっきの女の子が教えてくれた喫茶店の倉庫に飛び込んだ。
「麻理‼」 マリオは裸にされて天井から吊るされていた。 見張っていた男はボスが一撃でやられたのを見て逃げ出したらしい。
 ぼくはマリオをひとまず床に下ろして服を着させると喫茶店に入ってマスターを呼んだ。
「そうか。 そんなことをやってたのか。」 マスターはマリオの前に土下座した。
「あの男たちはこの店のマネージャーとウェイターだ。 俺から警察に放しておく。 怖い思いをさせちまったな。」
 手を握られたマリオはワッと泣き出してしまった。

 その帰り道、マリオはぼくに聞いてきた。 「君は何でぼくを助けてくれたの?」
「さあね。 分かんないけど助けずにはいられなかったんだ。 不思議な運命が有るような気がして。」 「不思議な運命?」
「そうだよ。 最初、君を見た時、ぼくは(変なやつだな。)って思ったんだ。 でも会ってるうちに不思議な糸で結ばれてるようなそんな気がしてさ。」 「糸、、、、、か。」
 マリオはずっとぼくの顔を見てる。 どうしたんだろう?
「マリオはさあ、(本当は男のはずなのにどうしたんだろう?)って思ってるんだよね?」 「そうだね。」
「ぼくもさ(本当は女のはずなのにどうしたんだろう?)ってずっと思ってたんだ。 そんなぼくらがここで出会ったんだよ。」 「不思議だね。」
「そう。 不思議なんだ。 出会わなくても良かったんじゃないかって思うくらいに不思議なんだ。」 「そうか。 だから君はぼくを?」
「そうだね。 考えてみたらバカバカしいことかもしれないけど。」 「案外大事なことかもしれないよ。」
「そうだ。 明日もまたこの交差点で会おう。」 「いつかは君の家に行きたいな。」
 ぼくらはいつもの交差点で手を振って別れたんだ。 翌日も同じようにマリオは交差点で待っていた。
そして今日は牛島町のぼくの家にマリオが付いてきた。 「へえ、この家か。」
「何?」 「時々家の前を通ってたんだ。 こっちのほうに住んでる叔父さんに会うのにさ。」
「マリオもこっちのほうに来てたの?」 「そうだよ。 なんか変わった子が居るなと思って気にはなってたんだ。」
「それがぼく?」 「そうだったんだね。 不思議な縁だ。」
 ぼくは小さい頃から髪を長く伸ばしてた。 女だからってそうしてたんだ。
マリオはスポーツ刈りでいかにも野球少年みたいな格好だけど胸が膨らんできてドギマギしたって言ってたな。 ぼくもそうだったよ。
女の子だっていうのに胸が膨らまない。 何かの病気じゃないかって母さんも父さんも慌てたけど病院じゃ何も見付からない。
中学生になったのにこれじゃあどうしようもないな。 焦ったよ。
でも焦ったってどうしようもないことだって有るんだって自分に言い聞かせて耐えてきたんだ。 やっとそれを話せる友達を見付けた。
 家に入ったぼくは自分の部屋にマリオを招き入れた。 見るからに少女っぽい部屋だ。
テーブルの上には着せ替え人形まで揃っている。 ずいぶんと買ってもらった。
「たくさん有るねえ。」 「女の子だって言うから親戚もいろいろと買ってくれたんだよ。」
「へえ。 麻理もこれで遊んでたの?」 「最初はね、(そんなもんかなあ。)って思って遊んでた。 でも何か違うような気がして。」
 マリオはその一つを手に取ってみた。 「なかなかリアルでいいね。」
「そう? 最近のは膝も曲げられるからね。」 「そうなんだ。」
 椅子に座らせてみる。 肘が曲がらないのがどうも気に入らない。
「こうやって曲げてしまえばいいんだよ。 戻すのはけっこう大変だけど。」 そうしてコーヒーカップを持たせてみる。
 スカートもドレスもなんか可愛くてマリオはついつい見惚れてしまった。 「良かったらあげるよ。」
「ほんとに? でも今日はまだいいや。」 「そう? 欲しくなったら言ってね。」
そんなわけで初めてぼくの部屋を見たマリオはどっか感動しっぱなしだった。 「そんなに感動しなくても、、、。」
「だってさ、怖そうなお兄さんを一撃でダウンさせちゃった子の部屋に初めて入らせてもらったんだよ。 そりゃあ感動しちゃうよ。」 「マリオさあ、部屋じゃなくて人形に感動したんじゃないの?」
「それはそれで有るかも。」 「まったく、、、。」
 どうやらぼくはマリオの乙女ティックな神経に気付いてしまったらしい。 どうかな?って思ったけど意外と可愛いじゃん。
マリオの部屋の様子も教えてくれた。 なんか本当に男の子してるみたい。
だって列車が走り回ってるんだって。 それも最初はプラレールだったのに今じゃnゲージだって。
「興味をそそられる部屋だなあ。 行ってみたい。」 「そう? 麻理だったら気に居るかなあ? でも列車って好き?」
「うん。 見るのも乗るのも大好きだよ。」 「じゃあ日曜日にでもおいでよ。」
「分かった。」 そんな約束をしてぼくはマリオを見送った。

 次の日の新聞にあの事件が小っちゃく報道されていた。 中でも、、、。

 『30歳男性 中学生女子にボコボコにされる。』なんて見出しが出ているのには苦笑するしかないけれど、、、。
「一発しかやってないのになあ。」 ブツブツ言っていたらお母さんが聞いてきた。
「この中学生女子ってまさかお前のことかい?」 「そうだよ。」
「暴れてもいいけど殺人だけはしないでね。」 「そこまではやらないよ。 いくら何でも。」
「お前、正義感強過ぎるからなあ。」 「強過ぎるくらいがちょうどいいよ。 今は。」
味噌汁を飲みながら吊るされていたマリオのことを考えてみる。 「どんな人だったんだい?」
「友達を裸にして倉庫の天井からぶら下げてた人だよ。」 「とんでもないのが居たんだね。」
「そうだよ。 それもさあ喫茶店の倉庫だよ。」 「喫茶店? 何処だい?」
「ほら、ここ。」 ぼくは新聞に掲載されていた喫茶店 ホワイトラブの写真を見せた。
 お母さんはその写真をじっと見詰めてから溜息を吐いた。 「どうしたの?」
「あそこのマスターはお前のパパだよ。」 「え? パパ?」
「そう。 お前が1歳の夏に女を作って家出したんだ。 だから実家に離婚届を叩き付けてやったのさ。」 「あの人がパパねえ。」
「会ったのかい?」 「もちろん。 友達を助けてから会ったよ。」
「そうか。 会っちまったのか。」 お母さんはコーヒーを飲み干すと仕事に出掛ける準備をした。
 実はビルを掃除して回る会社で働いてるんだ。 いつもワックスとか洗剤に塗れて帰ってくる。
もう10年くらいやってるって言ってたっけ。 じゃあさあパパが居なくなった後に始めたんだね?
 8時を過ぎるとぼくも猛ダッシュで学校へ向かう。 長い髪もちゃんとリボンで結んでね。
嫌なんだけどさあ、スカートも履いてないとお母さんが怒るんだ。 「お前は一応女の子で通してきたんだからその通りにしてくれ。」って。
 その頃、マリオはというと昨日のショックが抜けないらしくてしばらく学校を休むことにしたらしい。 家に帰ってから気付いたんだけどスマホにメールが来てた。
初めて会った日、意気投合したもんだから番号とアドレスを教え合ったんだ。 ぼくからはあんまりしないけど。

 「麻理ちゃん ごめんね。 しばらく会えなくなっちゃって。』

 そのメールにどう返信すればいいのかぼくは分からなかった。

 その夜、ぼくはまたお母さんと話をした。 パパのことが気になって。
「いいんだよ。 思い出さなくても。 お前にはちゃんと父さんが居るんだから。」 「でも気になるよ。 教えてくれないの?」
「その時が来たら教えてやるよ。」 「その時って?」
「もういいだろう。 お母さんも疲れてるんだから。」 「でも、、、。」
 ぼくは何となく消化不良だった。 確かに今は自衛官のパパが居る。
でもその前にもう一人のパパが居た。 それはぼくの遺伝子をくれたパパ。
でも何でお母さんはそんなパパのことを話したがらないんだろう? 女を作って出て行ったって言ってたよね?
それだけなのかなあ? 他には無いのかな?
 考え始めると寝れなくなるんだ。 どうしようもなくなってぼくはもう一度メールを開いた。

 『ごめんね。 返信しなくて。
いろいろと考えることが有ったから書けなかったんだ。』

 『もしかしてぼくのことで悩んでたの?』

 『そうじゃないよ。 ぼくもいろいろと抱えてるからさ、、、。』

 メールしているうちにまたマリオに会いたくなってしまった。 マリオが傍に居てくれたら何でもやっていけるようなそんな気がした。
< 1 / 2 >

この作品をシェア

pagetop