海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
私は傷ついたその掌をギュッと握りしめて―⋯拳をつくる。

(弱味は見せたくない。大丈夫、笑顔で―⋯対峙しよう)

私は日本、と表記したそこを指差し、「ここです」と、自信たっぷりに答えた。

男は⋯眉ひとつも動かず、何も言わず、なんとも言えぬ⋯張りつめた空気。

ギュッとまた、拳を握る。


気を取り直し、とりあえず先程名前を出した国、それから大雑把に主要国や情勢などを次々に話していった。

初めはどこかを向きながら適当に流し聞いていた様子の男であったが⋯その視線は、いつの間にか私の指差す地図上の国へと向いている。

気になるのであろう、この地図の世界で最も小さい国について指摘し、詳しく説明せよと問い詰めて来た。


世界最小の独立国家と言えば⋯
「バチカン市国、といいます。ローマだから⋯この辺⋯?がこのブーツみたいな形の国の、ほんの、ほんの一部です。国全体が世界遺産になっている唯一の国で⋯歴史と芸術の国。建造物が有名で、カトリック教会の総本山サン・ピエトロ大聖堂にミケランジェロの【最後の審判】が描いてある礼拝堂⋯⋯」

最後の⋯審判だと??
この人、わかってて意図して聞いてるのか?

チラ、と横目で⋯男の顔を確認する。

「この国の軍力は?」

どうやら⋯ミケランジェロに興味はないらしい。
「確か⋯軍は持っていないはず」

「⋯⋯小国なのに、それではすぐに平定されるのではないか?」

「永世中立国で防衛力を持ってないんです。衛生兵が警護はしてるみたいですけれど」

「⋯⋯」
深い関心を寄せてることは⋯真剣な面持ちから伝わってくる。

けれどこれは⋯
あくまでも私が知る、私の視線からの【世界】の話だ。

「あの」
その深淵なる瞳に⋯思わず声を掛けた。

「⋯信じなくてもいいんです」

「⋯⋯?」

「あくまでも、私が知る、主観的で一方的な話です。他国のに人に語らせれば⋯全く別の歴史が息づいているかもしれません。勝てば官軍と言うでしょう?勝った方が正しくなる、表向きの情報は⋯そんなものです。ですから、話半分で聞くのがよいかと」

「⋯⋯⋯」

「プロパガンダ戦。私が貴方の敵で、もし今、その布陣を敷いてたら⋯今の貴方は、情報にいとも簡単に欺かれる悪将です」

凍てつくような空気を纏った男は⋯じっと私の目を見据えるだけで、動揺すらしない。

「騙せるのならそうすればいい」

その1言に尽きる。
どう判断するのかは⋯相手の勝手だ。

この者に、口で勝てそうにはない。

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