海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
怒らせるなど言語道断、それこそ地獄行き決定。
なんとか男の質問に答える努力をしないと、と、私は挽回の策を講じる。
ちゃんと説明する、と伝えて、何か「書く」為のものを準備して欲しいと要求するが―⋯
男は徐に、自身の腕に巻きついた物を剥ぎ取ると⋯それと共に、小刀のような小さなナイフを私の目の前に放り投げて来た。
与えられたのは、革で作られた―⋯籠手だ。
「⋯⋯⋯」
(⋯紙とか墨って、ないのか?)
仕方なしに男の温もりが残るその籠手を岩場で広げて、私は懸命に、慎重に―⋯小刀で刻んでいく。
武芸に長ける者なのか。
使い馴染んでいるのであろうそれは⋯しなやかで、上質な素材であることは明白だった。女の私でも、そう力を入れずに傷を加えることができる。
けれども―⋯僅かな湿りと、染みとが、多くを物語っている。戦を乗り越えてきた―⋯証。
角張った曲線。
なんとも下手くそな絵で、そこに世界地図を描くと。暫し―⋯悩んだ。
線に色がないと、視覚的に何を描いたのか伝えることは不可能だ。
墨に代わるような物を、と。
辺りを見渡していくと―⋯、煌々と燃え昇る松明の火が目に入った。
私は、ゆっくりとそこへと近づいて歩いて行くが⋯一歩踏みしめるたびに、身体に鈍い痛みを覚える。
我慢だ。
大丈夫、歩けるのであるから―⋯平気だ。
松明の側の岩壁に、黒い煤がついている。
私はそれを指先で拭い取ると―⋯籠手の傷を撫でるようにして、刷り込ませていく。
何度も何度も繰り返していくのを、男はただ黙って見ていた。
煤でなぞるも、まだ―⋯色味が足りない。
(この男が自身の血汗が滲んだ物をわざわざ与えてくれたのであれば)
私は、ゴクリと1つ息を呑んで。
勢いよく、小刀を⋯掌の上で滑らせた。
ぽた、ぽた、と滴り落ちる血の雫を、籠手に垂らしていくと。
今度ははっきりと、赤黒いその表面に―⋯地図が浮かび上がってきた。
なんとか男の質問に答える努力をしないと、と、私は挽回の策を講じる。
ちゃんと説明する、と伝えて、何か「書く」為のものを準備して欲しいと要求するが―⋯
男は徐に、自身の腕に巻きついた物を剥ぎ取ると⋯それと共に、小刀のような小さなナイフを私の目の前に放り投げて来た。
与えられたのは、革で作られた―⋯籠手だ。
「⋯⋯⋯」
(⋯紙とか墨って、ないのか?)
仕方なしに男の温もりが残るその籠手を岩場で広げて、私は懸命に、慎重に―⋯小刀で刻んでいく。
武芸に長ける者なのか。
使い馴染んでいるのであろうそれは⋯しなやかで、上質な素材であることは明白だった。女の私でも、そう力を入れずに傷を加えることができる。
けれども―⋯僅かな湿りと、染みとが、多くを物語っている。戦を乗り越えてきた―⋯証。
角張った曲線。
なんとも下手くそな絵で、そこに世界地図を描くと。暫し―⋯悩んだ。
線に色がないと、視覚的に何を描いたのか伝えることは不可能だ。
墨に代わるような物を、と。
辺りを見渡していくと―⋯、煌々と燃え昇る松明の火が目に入った。
私は、ゆっくりとそこへと近づいて歩いて行くが⋯一歩踏みしめるたびに、身体に鈍い痛みを覚える。
我慢だ。
大丈夫、歩けるのであるから―⋯平気だ。
松明の側の岩壁に、黒い煤がついている。
私はそれを指先で拭い取ると―⋯籠手の傷を撫でるようにして、刷り込ませていく。
何度も何度も繰り返していくのを、男はただ黙って見ていた。
煤でなぞるも、まだ―⋯色味が足りない。
(この男が自身の血汗が滲んだ物をわざわざ与えてくれたのであれば)
私は、ゴクリと1つ息を呑んで。
勢いよく、小刀を⋯掌の上で滑らせた。
ぽた、ぽた、と滴り落ちる血の雫を、籠手に垂らしていくと。
今度ははっきりと、赤黒いその表面に―⋯地図が浮かび上がってきた。