海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
第2話 冷酷無情な男と名もなき少女の出会い
ひゅうっと風が渦を巻くようにして⋯入り口から飛来して来ると。
その冷たさに、背筋が凍るような恐ろしさを感じた。
ヒタ、ヒタ、と姿も見えない何者かの足音が、洞窟の中へと響き渡る。
一歩一歩、近づいて、それが目の前にやって来た時に⋯私はぎゅうっと目を瞑った。
(神様仏様⋯!!)
信仰もしてないのに、まるで願いを乞うようにして、手を組み合わせるのだった。
「目を開けよ」
低く、冷たい声色の主が、そう言い放った。
「⋯できません」
「⋯⋯。ならばずっと閉じているがいい」
「それは私に『死ね』、と?」
「⋯そう望んでいるのなら」
「いえ。結構です」
(神様、仏様、⋯ああ、どうか閻魔様、⋯秦広王様。なにとぞご慈悲を!)
カッと目を見開いて。
その者と⋯対峙する。
「「⋯⋯⋯」」
無言のまま見つめ合って数秒間。
私の頭の中では、ぐるぐるとはてなマークが飛び交っている状態で⋯⋯
その者の、予想外の風貌に⋯首を傾げていた。
デカい頭?
⋯いいや、小さく整った輪郭。
ぼうぼうに生えた眉に、髭?
⋯いや、キリッとした形の良い眉に、どこにヒゲなど生えているのであろうキメ細やかな肌。
鬼のような形相?
⋯違う。視線こそ冷たく恐ろしいけれど、冷静に見極めるような⋯グレーの色した、奥深い神秘的な瞳。
ボサボサの黒髪?
⋯⋯櫛がよく通るであろう、サラサラの輝く黒紅梅だ。
眉目秀麗を形容すると、こういう姿形になるのであろうと思えるくらいの⋯美しく、色気漂う魅惑的な男がそこに佇んでいたのだった。
おまけに、どうだ?人間など豆粒に思える程の上背か、と思いきや。
⋯肩幅ある凛々しい体格に、程よく高い、上背。
人間でなければ、一体何だ?言うくらいに、閻魔離れしているのだから⋯不思議だ。
「そなたに問う。なぜここにいたのだ?」
男はそう言って、洞窟の外を指さす。
(『そなた』なんて言われたこともないその古風な言い回しが似合うとは)
などと⋯邪な考えが頭を巡る。
けれどすぐに我にかえって、首を振り⋯正気を取り戻す。
この方が、十王であるのなら、絶対に嘘も邪心も見抜かれる。⋯許されない。
そう。試されて⋯いる。
私はその美しき風貌に惑わされることのないように、再び目を閉じた。
「なぜここにいるか?⋯わかりません。逆に問わせてください。ここは一体、何処なのですか?」
「知らぬと言うのか?」
「知りませんが、予想はできます」
「答えてみよ」
「冥界、では?」
「なぜそう思う」
「この状況と、貴方の存在です」
「⋯⋯。質問を変えよう。どこから来た」
「どこ?⋯日本です」
「⋯⋯?」
「ご存じないですか?JAPANです」
「じゃぱん?」
「小さな島国ですが、先進国ですし⋯有名だと思っていたのですが。それに、言葉が通じてます。まさに日本語で会話しているのに、それでもご存じないとおっしゃるのですか?」
「にほんご、とは」
この声色を聞いていても⋯嘘やごまかしなどは感じられない。
私はまた目を開けて、男と対峙する。
目は口ほどに物を言う。偽りなく、正直に向き合わねば駄目だ。
「I’m from Japan(私はジャパン出身です)」
「Where is Japan?(ジャパンはどこにあるのだ)」
「Japan is an island nation in East Asia.(日本は東アジアにある島国です)」
「⋯⋯There's no point in arguing. Let's just drop it.(議論しても無駄だ、もうやめよう)
この人、英語も理解できてる。ならば⋯
「Sprechen Sie Deutsch?(あなたはドイツ語を話せますか)」
「Was ist Deutsch(ドイツ語はどんな言語だ)」
大学1年次に専攻して覚えた拙いドイツ語でも、会話が成立してる?
「저는 K팝을 좋아해요 (私はK-POPが好きです)」
(※因みに本当で、本心)
韓国の留学生と仲良くなりたくて覚えた言葉はどうだ?(返されてもわからないけれど)
「갑자기 무슨 말을 하는 거야?」(急に、何の話しだ?)
なるほど。
つまり⋯、だ。ここの世界に言語という概念はなく、どんな言葉でも互いに通じるってことだ。
ここまでくると、この成立しないちぐはぐな会話で相手が苛立ってくるのは⋯必須だった。
案の定、ギロリと怒りに満ちた目つきで、私を睨みつけてきている。
怒らせるなど言語道断、それこそ地獄行き決定。
なんとか男の質問に答える努力をしないと、と、私は挽回の策を講じる。
ちゃんと説明する、とだけ伝えて、紙と筆と墨とを用意してもらった。
「⋯⋯⋯」
すぐに書けないのは⋯残念。
墨を磨るなど、中学生以来だ。
なんとも下手くそな絵で、世界地図を描くと。
日本、JAPANと表記したそこを指差し、「ここです」と、自信たっぷりに答えた。
⋯眉ひとつも動かず、何も言わず、なんとも言えぬ⋯張りつめた空気。
気を取り直し、とりあえず先程名前を出した国、それから大雑把に主要国や情勢などを次々に話していった。
初めはどこかを向きながら適当に流し聞いていた様子の男であったが⋯その視線は、いつの間にか私の指差す地図上の国へと向いている。
気になるのであろう、この地図の世界で最も小さい国を指摘し、詳しく説明せよと問い詰めて来た。
世界最小の独立国家と言えば⋯
「バチカン市国、といいます。ローマだから⋯この辺⋯?がこのブーツみたいな形の国の、ほんの、ほんの一部です。国全体が世界遺産になっている唯一の国で⋯歴史と芸術の国。建造物が有名で、カトリック教会の総本山サン・ピエトロ大聖堂にミケランジェロの【最後の審判】が描いてある礼拝堂⋯⋯」
最後の⋯審判だと??
この人、わかってて意図して聞いてるのか?
チラ、と横目で⋯男の顔を確認する。
「この国の軍力は?」
どうやら⋯ミケランジェロに興味はないらしい。
「確か⋯軍は持っていないはず」
「⋯⋯小国なのに、それではすぐに平定されるのではないか?」
「永世中立国で防衛力を持ってないんです。衛生兵が警護はしてるみたいですけれど」
「⋯⋯」
深い関心を寄せてることは⋯真剣な面持ちから伝わってくる。
けれどこれは⋯
あくまでも私が知る、私の視線からの【世界】の話だ。
「あの」
その深淵なる瞳に⋯思わず声を掛けた。
「⋯信じなくてもいいんです」
「⋯⋯?」
「あくまでも、私が知る、主観的で一方的な話です。他国のに人に語らせれば⋯全く別の歴史が息づいているかもしれません。勝てば官軍と言うでしょう?勝った方が正しくなる、表向きの情報は⋯そんなものです。ですから、話半分で聞くのがよいかと」
「⋯⋯⋯」
「プロパガンダ戦。私が貴方の敵で、もし今、その布陣を敷いてたら⋯今の貴方は、情報にいとも簡単に欺かれる悪将です」
凍てつくような空気を纏った男は⋯じっと私の目を見据えるだけで、動揺すらしない。
「騙せるのならそうすればいい」
その1言に尽きる。
どう判断するのかは⋯相手の勝手だ。
この者に、口で勝てそうにはない。
その冷たさに、背筋が凍るような恐ろしさを感じた。
ヒタ、ヒタ、と姿も見えない何者かの足音が、洞窟の中へと響き渡る。
一歩一歩、近づいて、それが目の前にやって来た時に⋯私はぎゅうっと目を瞑った。
(神様仏様⋯!!)
信仰もしてないのに、まるで願いを乞うようにして、手を組み合わせるのだった。
「目を開けよ」
低く、冷たい声色の主が、そう言い放った。
「⋯できません」
「⋯⋯。ならばずっと閉じているがいい」
「それは私に『死ね』、と?」
「⋯そう望んでいるのなら」
「いえ。結構です」
(神様、仏様、⋯ああ、どうか閻魔様、⋯秦広王様。なにとぞご慈悲を!)
カッと目を見開いて。
その者と⋯対峙する。
「「⋯⋯⋯」」
無言のまま見つめ合って数秒間。
私の頭の中では、ぐるぐるとはてなマークが飛び交っている状態で⋯⋯
その者の、予想外の風貌に⋯首を傾げていた。
デカい頭?
⋯いいや、小さく整った輪郭。
ぼうぼうに生えた眉に、髭?
⋯いや、キリッとした形の良い眉に、どこにヒゲなど生えているのであろうキメ細やかな肌。
鬼のような形相?
⋯違う。視線こそ冷たく恐ろしいけれど、冷静に見極めるような⋯グレーの色した、奥深い神秘的な瞳。
ボサボサの黒髪?
⋯⋯櫛がよく通るであろう、サラサラの輝く黒紅梅だ。
眉目秀麗を形容すると、こういう姿形になるのであろうと思えるくらいの⋯美しく、色気漂う魅惑的な男がそこに佇んでいたのだった。
おまけに、どうだ?人間など豆粒に思える程の上背か、と思いきや。
⋯肩幅ある凛々しい体格に、程よく高い、上背。
人間でなければ、一体何だ?言うくらいに、閻魔離れしているのだから⋯不思議だ。
「そなたに問う。なぜここにいたのだ?」
男はそう言って、洞窟の外を指さす。
(『そなた』なんて言われたこともないその古風な言い回しが似合うとは)
などと⋯邪な考えが頭を巡る。
けれどすぐに我にかえって、首を振り⋯正気を取り戻す。
この方が、十王であるのなら、絶対に嘘も邪心も見抜かれる。⋯許されない。
そう。試されて⋯いる。
私はその美しき風貌に惑わされることのないように、再び目を閉じた。
「なぜここにいるか?⋯わかりません。逆に問わせてください。ここは一体、何処なのですか?」
「知らぬと言うのか?」
「知りませんが、予想はできます」
「答えてみよ」
「冥界、では?」
「なぜそう思う」
「この状況と、貴方の存在です」
「⋯⋯。質問を変えよう。どこから来た」
「どこ?⋯日本です」
「⋯⋯?」
「ご存じないですか?JAPANです」
「じゃぱん?」
「小さな島国ですが、先進国ですし⋯有名だと思っていたのですが。それに、言葉が通じてます。まさに日本語で会話しているのに、それでもご存じないとおっしゃるのですか?」
「にほんご、とは」
この声色を聞いていても⋯嘘やごまかしなどは感じられない。
私はまた目を開けて、男と対峙する。
目は口ほどに物を言う。偽りなく、正直に向き合わねば駄目だ。
「I’m from Japan(私はジャパン出身です)」
「Where is Japan?(ジャパンはどこにあるのだ)」
「Japan is an island nation in East Asia.(日本は東アジアにある島国です)」
「⋯⋯There's no point in arguing. Let's just drop it.(議論しても無駄だ、もうやめよう)
この人、英語も理解できてる。ならば⋯
「Sprechen Sie Deutsch?(あなたはドイツ語を話せますか)」
「Was ist Deutsch(ドイツ語はどんな言語だ)」
大学1年次に専攻して覚えた拙いドイツ語でも、会話が成立してる?
「저는 K팝을 좋아해요 (私はK-POPが好きです)」
(※因みに本当で、本心)
韓国の留学生と仲良くなりたくて覚えた言葉はどうだ?(返されてもわからないけれど)
「갑자기 무슨 말을 하는 거야?」(急に、何の話しだ?)
なるほど。
つまり⋯、だ。ここの世界に言語という概念はなく、どんな言葉でも互いに通じるってことだ。
ここまでくると、この成立しないちぐはぐな会話で相手が苛立ってくるのは⋯必須だった。
案の定、ギロリと怒りに満ちた目つきで、私を睨みつけてきている。
怒らせるなど言語道断、それこそ地獄行き決定。
なんとか男の質問に答える努力をしないと、と、私は挽回の策を講じる。
ちゃんと説明する、とだけ伝えて、紙と筆と墨とを用意してもらった。
「⋯⋯⋯」
すぐに書けないのは⋯残念。
墨を磨るなど、中学生以来だ。
なんとも下手くそな絵で、世界地図を描くと。
日本、JAPANと表記したそこを指差し、「ここです」と、自信たっぷりに答えた。
⋯眉ひとつも動かず、何も言わず、なんとも言えぬ⋯張りつめた空気。
気を取り直し、とりあえず先程名前を出した国、それから大雑把に主要国や情勢などを次々に話していった。
初めはどこかを向きながら適当に流し聞いていた様子の男であったが⋯その視線は、いつの間にか私の指差す地図上の国へと向いている。
気になるのであろう、この地図の世界で最も小さい国を指摘し、詳しく説明せよと問い詰めて来た。
世界最小の独立国家と言えば⋯
「バチカン市国、といいます。ローマだから⋯この辺⋯?がこのブーツみたいな形の国の、ほんの、ほんの一部です。国全体が世界遺産になっている唯一の国で⋯歴史と芸術の国。建造物が有名で、カトリック教会の総本山サン・ピエトロ大聖堂にミケランジェロの【最後の審判】が描いてある礼拝堂⋯⋯」
最後の⋯審判だと??
この人、わかってて意図して聞いてるのか?
チラ、と横目で⋯男の顔を確認する。
「この国の軍力は?」
どうやら⋯ミケランジェロに興味はないらしい。
「確か⋯軍は持っていないはず」
「⋯⋯小国なのに、それではすぐに平定されるのではないか?」
「永世中立国で防衛力を持ってないんです。衛生兵が警護はしてるみたいですけれど」
「⋯⋯」
深い関心を寄せてることは⋯真剣な面持ちから伝わってくる。
けれどこれは⋯
あくまでも私が知る、私の視線からの【世界】の話だ。
「あの」
その深淵なる瞳に⋯思わず声を掛けた。
「⋯信じなくてもいいんです」
「⋯⋯?」
「あくまでも、私が知る、主観的で一方的な話です。他国のに人に語らせれば⋯全く別の歴史が息づいているかもしれません。勝てば官軍と言うでしょう?勝った方が正しくなる、表向きの情報は⋯そんなものです。ですから、話半分で聞くのがよいかと」
「⋯⋯⋯」
「プロパガンダ戦。私が貴方の敵で、もし今、その布陣を敷いてたら⋯今の貴方は、情報にいとも簡単に欺かれる悪将です」
凍てつくような空気を纏った男は⋯じっと私の目を見据えるだけで、動揺すらしない。
「騙せるのならそうすればいい」
その1言に尽きる。
どう判断するのかは⋯相手の勝手だ。
この者に、口で勝てそうにはない。