海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜

第17話 言の葉の楔《カウンセリング》

大きな漆黒の翼。
上空を彷徨い飛ぶ渡り鳥など目もくれずに―⋯燕のようなこの鳥は、ある地点で、ピタリと停滞する。

それは⋯浮游や愚強、そして博益が見上げていた【その先】にいた者なのであろう。

雲よりも高い⋯山の頂き。
その山肌に身体を巻き付けて、その赤い蛇神の主は⋯じっと身動きもせぬまま。たじろぎもせずに、目を見開いているのだった。


「⋯⋯⋯」

人生お初にお目にかかる―⋯龍だ。


停空飛翔する我々は、その瞳ほどの大きさすらもない。
王を象徴する、その権力を誇示する生き物たる由縁が⋯これでもか、というくらいに伝わってくる。

(瞬き1つもしないとは⋯。有昧王。あの者と全く同じだな)


「博益。愚強に聞いていたけれど、この者が【燭陰(しょくいん)】?」

「知っていたのか」

「理由は知らないけれど、愚強は有昧伯をこの者に会わせようとしていた」

「⋯⋯。この急な夏の到来は、おそらくこの燭陰に起因する。この者の存在自体が、世の理のようなものだ。目を閉じれば夜が訪れ、開けば昼となる。息を吹けば冬⋯、呼べば夏が来る。ずっと目を開けたままであろう?だから⋯夜の来ない、白夜であったのだ」

「⋯では⋯夏も自ら呼んだということ?」

「さて。それがわからぬから来たのだ。⋯⋯燭陰よ。察するに⋯心乱れる何かがあったのだと思うのだが。そうであろう?」

その巨大な目は、まるで私たちを呑み込むほどの迫力で⋯眼差しを向けている。

「この北冥の地から、有昧に滞在していた私の元に、ある鳥が飛来して来たのだが⋯⋯。これが何とも不思議で、私に必死に訴えかけてきたのだ。お前のことをよく知り憂いていた。妙に哀しい声で鳴く鳥で⋯その音から、ここにいるこの者が【シュン】と名付けた。⋯心あたりがあるのでは?」


【哀しい声】。私にはシュン、シュンと煩く聴こえていたあの音が⋯哀しい?
哀しいとは?
心臓がドクンと1つ、脈を打った。

博益は⋯返事1つもしないその者へと⋯まるでその情景をも伝えるかのようにして、ゆっくりと言葉を紡ぎ訴えかけていく。

そして、まるで解説者でもあるかのようにして⋯私の方を見て、静かに語っていくのだった。

燭陰にはかつて()と言う名の息子がいたが⋯他の者と共謀し、ある神を死に至らしめた。
鼓とその共謀者は処刑されるも、その亡骸の行方は知られず、墓もない。

しかし、その心は天妖界にとどまり⋯再生したのではないか?本人が計らずとも世に大旱魃を起こす、悪獣として。



燭陰は、身動きどころか呼吸1つもしない。
見えるのは、瞳の揺らぎ。瞳孔の⋯僅かなる変化、それだけだ。

博益はそれを返事として丸ごと受け止めようとしてるのだろう。

現代の心理学的思考で言えば⋯そのスタンスは、情に訴えかける最も適したやり方だ。

受容―⋯。

言葉なくとも、心で寄り添う。
博益らしい、器の大きさを示す⋯姿勢。

でも。
燭陰の真っ直ぐな視線。そして⋯何かを言いたそうなのに喋りもしない、できない。
自らの意思を優先し、全てを制御するこの者に⋯情は、無用だ。


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