海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
その布を―⋯素早く何重にも巻いて。最後に、私の目の前に現れると⋯。
身を屈めて、ヘッドゴムを頭上へと滑らせていく。

近い―⋯。
反射的に、パッと顔を逸らす。

が、乱暴にぐっと片頬を上げられて強制的に正面へと戻される。
「もう少し加減を。首が―⋯もげます」

この男の目線が、自分よりも低い位置にあることに⋯猛烈な違和感があった。見下されることがあっても、灰色の瞳が見上げるなど―⋯あっただろうか?

視線は―⋯私の頭上に。

目の奥に宿した、近づく者を拒絶するかのような威圧感が――様変わりして。灰色の虹彩が、なんとも無防備にこちらを見上げている。同時に、長い睫毛の隙間から、侵しがたい凜冽たる気品を⋯さらけ出すのであった。


こんな無防備にパーソナルスペースに入った者は、是が非でもボランチの如く狩る対象になるのだけれど。返り討ちに合うから―⋯やめておこう。

けれど⋯この男、毛穴まで見えてしまうこの距離でさえ、呼吸の1つも乱さぬとは。
「⋯⋯毛穴⋯?」
あら?まさかのホントに見えない。

まじまじと見ていたら、この距離でバチっと視線が合ってしまった。

サッと鏡で遮って。
「どうかご自分の毛穴のチェックでも」と、鏡面を彼に向ける。

冗談でも飛ばさないと息でも詰まりそうだった。
不遜で不敬なことを考えそうになって、あたふたとしそうになった時。

最後の最後に浮游はゴムを引っ張って、パチン、と頭を弾いた。

私は⋯ふと思った。
浮游が私を戦線から離脱させたのは―⋯体調と、尊厳とを整える為の「気つけ」の時間を、敢えて作り出したのか?と。

手筈を整えて、自らの手で⋯戻そうとしている。
それは、これまでの主従関係とはまるで違う?
これが意することは、一体―⋯。

「ありがとう、有昧后」
よし。目が⋯覚めた。

浮游は頷きもせず、ちらっとだけ目を合わせただけだった。

絶対に言わないけれど、人が不用意に項を見せるなんてことは、しない。

これは―⋯有昧后。
貴方に、対等に向き合う覚悟なのだ。



そして―⋯私たちは、何の合図も交わすこともなく。
互いに、后と知首へと戻るのであった。





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