海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
悪獣達は、北、東、西に広く分布し、徐々にその位置が南下しているように見えた。とりわけ―⋯北に多く、中央には身体の大きい猛獣がいる。つまりは、突破してきたツワモノ達であろう。
「鐘山には、数千年間眠っていた古代の巨獣やかつて封印された邪神の死骸が、多く存在する」
博益の言葉に―⋯、これで合点がいった。
長年氷に閉ざされていた北の山々が―⋯燭陰の熱によって、その封印をも解いてしまった。
邪気に引き寄せられて各地から集まってきているだけではない。だから―⋯ 悪化の一縷を辿っているのか。
勇敢な有昧軍が―⋯力負けしている。
上空から俯瞰してみると、それがよくわかった。トリアージに奔走している時には気づけなかった。
1対1の戦い。つまり、今はマンマークして戦っている状態だ。
「有昧軍ならば―⋯組織的に挑めば、勝機は見えてくる。その真髄を―⋯もう既に知っているから」
「⋯⋯どう挑むのだ?」
博益に、その陣形を語ろうとしたその時だった。
北の地平線から、犬の遠吠えにもよく似た地鳴りのような咆哮が―⋯響き渡ってきた。
「⋯⋯?!」
その方角へと、目を見張る。
北溟から湧き出るように一斉に飛び出して来たのは―⋯魚の、黒い大群?
「何羅魚だ!なぜ普段大人しい者が―⋯」
「⋯⋯⋯」
私はふと―⋯思い出す。無人島で目撃した文鰩魚―⋯。
西海から東海に跨って泳ぐ生態であった、と有昧后は言っていた。
『海流の一部が暖まっているのか、迷い込んだのかは分からぬが⋯度々目撃されてのであれば、天地変動の際にここにやって来た文鰩魚がどこかで繁殖しているのかもしれない』
有昧后のあの言葉が―⋯まさに。現実化しているということか?万年氷が溶けるほどの―⋯熱だ。
つまり、北溟が―⋯
「海が―⋯熱帯化して行き場を失ったか」
察しのいい博益が、私に代わって言語化する。
こうなれば―⋯今度は海に眠る猛者加わってきているということか!
心配は、的中。
海を割って現れた巨大な大蛇たちが、熱湯の波を引き連れて軍の防衛線へと突進していく。
「博益!説明している暇はない。まずは、あの魚の群れを最前線で食い止めて欲しい。それから―⋯今から私がここの指揮を執る」
「任せよ」
博益は直ぐ様呼応し、指笛で鳥の大群を呼ぶと。
玄鳥が突風を纏って急降下し―⋯前線へ加速する。
博益は弓をひいて―⋯一斉に複数の矢を放っていった。
鳥達の猛攻と博益の矢で、バタバタと地上へと落下していく―⋯何羅魚たち。
空飛ぶ弾幕を一気に蹴散らす有能なFWだ。
攻撃の目を摘むファーストハイプレス、通称―⋯鬼プレスの発動の瞬間であった。
「海棠よ!あの大蛇は蛟竜だ!住処を焼かれた彼らに理性など通ずるまい。生命を脅かす者は全て叩き潰すであろう。用心せよ!!」
蛟竜。その名を聞いたことがある。水の中で修行した魚や蛇が龍の成体になる一歩手前の―⋯。
「治水の為に―⋯禹后が多くの蛟竜に手を掛けたって記述があったような」
すると―⋯。
洪水や暴風雨をもたらす水の支配者か。
獯鬻や一目国に被害をもたらす可能性も―⋯。
最早、個の力で及ぶものじゃあない。
策を練り、罠にかけて―⋯束で対峙すべきだ。
「遊撃隊、全軍に告ぐ!!北溟軍は北部の前線にて防衛に務めよ。相手の力を削ぎ、できるだけ突破を許すな!!」
北溟軍は、まさに海を知る者たち。
よく知った者に、自分たちの地を守らせるのが道理だろう。
「後衛には有昧軍が待機せよ!!バイタルエリアに侵入してきたら即座にトラップを発動する。常に首を振り、相手と空間、味方との距離感の把握に務めよ」