海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
ディフェンスラインをコントロールさせながら―⋯コンパクトに、距離感を保つ有昧軍。

1人突破されても、また次、次と湧いて出てくるような陣形であった。蜘蛛の巣を張り巡らせるような―⋯逃げ場のなさを相手は実感しているだろう。

それでも―⋯これはサッカーなんかじゃない。貰うファウルは、死に直結する⋯戦場だ。

だから―⋯トラップをかける。チームをつくり、土地の利を考慮した―⋯それぞれの戦い方だ。

「鶴翼の陣!!」

山岳地帯。狭い谷間の一本道では―⋯それは非常に有効だ。

両サイドに弓兵と投石部隊を潜ませ―⋯羽を広げるかの如く、敢えて大きく開く。

中央には有昧きっての俊足達。蛟竜らの囮となり―⋯そのルートを限定していく。

「今だ!!」

小隊長の合図と共に―⋯一斉に落とされた石に、一瞬、行き場を失う猛獣達。

来た道を戻ろうなどとは、既に防いでいるからその選択肢はない。ここから抜けようと、裏スペースへと抜けた先が、デッドスペースだ。

既にそこには、泥濘の―⋯穴。底がないくらいに、深い。

そうして―⋯両サイドの翼を一気に閉じる。

急所が分からずとも、隙のないくらいに同時に突けば―⋯ゲームセットだ。

他所の地から来た悪獣には―⋯水攻めの計も少なからず有効だ。

獯鬻らの治水工事を利用し、水位が低くなった伏流を利用する。

川の中での激戦になるが、高低差を既に熟知している彼らだからこそ―⋯できることがある。

北溟軍が泥臭く戦う最中、悪獣らを包囲し―⋯堰を崩壊させて、大量の泥水を一気に流し込む。

流された猛獣達は、川沿いを張る有昧軍の矢の雨に晒されるのであった。

視野の拓ける平地こそが―⋯難敵の巣と化していた。

真の実力者が、数々のトラップを超えて辿り着いた場所だからだ。

ここでは―⋯囲い込み、内部で自滅させる八卦の陣を組む。

これは―⋯強固な木盾と青銅・骨の槍で組まれた、いわば巨大な八角形の移動要塞。

「盾を掲げよ!!」

重装歩兵が「牛革を張った巨大な盾」を隙間なく並べ、後ろから長い槍を突き出して完全に封鎖する。悪獣の怪力でも外側からは突破でない⋯強固な壁が完成する。

この壁に、唯一の入り口をつくり―⋯誘い込む。

完全なるゾーンディフェンスの真骨頂だ。

悪獣が侵入した瞬間、陣の内部に潜んでいた兵士たちが一斉に獣の脂を混ぜた松明に火をつけると―⋯大量の黒煙が巻き上げる。同時に―⋯四方八方の壁の裏から大勢の兵士が銅鑼(どら)や太鼓を凄まじい爆音で打ち鳴らしていった。無論、こちらとて無害ではない。

悪獣が強烈な煙で目を潰され、爆音で耳を破壊され、五感が完全にパニックに陥ったことを確認すると―⋯次の策を講じていく。 直進の習性を利用した「奈落への転落」だ。視覚と聴覚を奪われた悪獣の頼りは、正面から漂ってくる「囮の人間の血の匂い」だけである。

「おー、俺はここだ。さあ、来いよ」

驍大人の煽りに―⋯悪獣はその匂いだけを頼りに、猛スピードで直進していった。

(⋯⋯危ない!)

と、思わずそう―⋯叫びそうになった。

けれど、驍大人は飄々と。悪獣の息遣いが聞こえる極限の距離まで引き付け、直前でひらり、と身をかわしてその場から退く。

勢いの止まらない悪獣は、偽装された地面を踏み抜き、中央の巨大落とし穴へと次々に真っ逆さまに転落していった。

悪獣が穴に落ちた瞬間、北の「門」の重装歩兵が一斉に盾を閉じて鍵をかけ、陣を完全な「密室」に⋯。

身動きの取れない悪獣に対し、陣の内壁の上に立った兵士たちは、有昧が誇る青銅の()と、巨大な岩とを上から容赦なく叩きつけていった。

「お前さんに恨みはない。―⋯すまんな」

さらに、油を注いで火を放ち―⋯凶獣を文字通り跡形もなく焼き尽くしていく。

昇っていく煙は⋯火葬そのものという認識なのであろう。部隊の兵士達は、少しの時間―⋯合掌すると。

またすぐ、次の布陣を組んで対峙していくのだった。




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