海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜

第24話 渾沌、現る〜神話再現のパスワーク〜

ここまでは―⋯知能を持たぬ悪獣への、陣だ。

いくつもの戦線。その部隊を指揮していく中で―⋯明らかに、全く読めない動きをする者たちが現れたのだ。トラップになぜかかからない⋯集団は。

南西部に出現していた。有昧の―⋯方角だ。

蒼鳥(仮)に乗って、その光景を一望すると。

見覚えのある、【袋状】の身体を有した巨漢が―⋯目に入った。

「博益!!あの子は―⋯!」

かつて有昧の湖で出会った、陽気な―⋯珍獣。

黄色の大袋のような丸まった巨体。6本の太い象のような足。4つの翼⋯。
赤く燃え盛るようなオーラを纏い、その顔は⋯ない。首から上、というものが存在しない生体。目も、口も、鼻も、耳も―⋯ない。

あんなルックス―⋯あの者しかいない。

「帝江!!」

思わず―⋯そう叫んだ。

が、帝江はくるくるとその場を回りながら―⋯兵士達をその巨体で踏み潰して、まるで余興だと言わんばかりに踊っている。

「海棠。違う、あれは―⋯帝江ではなく⋯渾沌(こんとん)だ」

「え?!アレが⋯?!」

そう言えば―⋯博益はあの時、帝江に矢を向けていた。似ている悪獣と勘違いしたと後に言い訳をしていたけど⋯。

渾沌、と言えば。有名な―⋯四大凶獣ではないか。

善と悪が反転し、善人を襲い―⋯悪人を助ける、という。

「海棠。様子がおかしい!私が後衛の者に話を聞いてこよう」

よくよく見ると―⋯確かにおかしい。

何故だ―⋯?

有昧の兵士達が、互いに刃を向けて戦っているではないか。

「待て、味方同士だ!!」

彼らは恐怖に怯えた様子で、血だらけになりながら―⋯一心不乱に刀を振る。あさっての方向から、一体誰を狙ったものなのか、次々と矢も飛来してくる。

どうやら⋯敵か味方かの分別を失くしているようだ。

不意に、低空飛行していた私にも、有昧の矢が飛んでくる。

それは肩を掠って。

避けた勢いで―⋯蒼鳥から落下してしまう。

「ダメだ―⋯ここに居ては。理性を奪われ、殺し合いになる」

私はその傷口を掌でぐっと抑えつけながら⋯必死に叫んだ。

「全軍、撤収!!直ちに陣営に退け!!」

獣たちが罠を回避しているのではない。こちら側が―⋯ヤツの邪気に晒されて、陣が崩壊している。

まさに―⋯秩序の崩壊による、混沌(カオス)だ。

なのに。

私の声など、届く筈もなかった。

「⋯⋯⋯」

どうする⋯?

(有昧の戦士が自滅の一途を辿るなど―⋯)

ふと足元で、小さな小さなシマエナガが―⋯私の足を必死につついていた。

「貴方まで―⋯翻弄されたのか」

私はそのもふもふを拾い上げて―⋯。

袖の中へと、そっと隠した。

こうしてはいられない、と、兵士たちの殺し合いを避けるべく―⋯地を駆ける。

まだ平常心を保っている者には撤収を促し、刀を向けて来る者には―⋯隠し持っていた獣灰を、目に投げ込んで。

「視野と音さえ防げれば―⋯」

(無効化できるのに)

そこで、ハタと思い出す。

有昧の地で―⋯帝江に会った時のことを。

あの時何気なく放った言葉は―⋯あの言葉こそがそう、かつて日本にいた頃に見知った知識の片鱗だ⋯!!

『テイコウ、今度遭ったら、目と鼻と口を描こう。そうしたら、もっと楽しい時間を過ごせるのでは?』

一方的に約束した、あの言葉。

凶獣、渾沌の⋯弱点。

人間の善意で、目鼻口など穴をあけられて―⋯消滅した物語。哲学書『荘子』に書かれた、これまた有名な一説だ。

「博益ーッ!!博益?!!」

私は上空を見渡して、彼の玄鳥を探す。

玄鳥はすぐにそれをどこからか聞きつけて、ビュン、と低空飛行すると。

博益が私の腕を掴んで、ぐいっと引き上げてくれた。

「いっ!」

肩の傷に―⋯響き、思わず声が漏れた。

「怪我したのか?知首よ。まずは無事で何よりだ」

玄鳥の背には、驍大人が乗っていた。有昧軍の一大事に―⋯博益が機転を利かせ、彼を連れ立ってくれたのだ。

「治療するか?」

「いや。直ぐに渾沌を倒す」

「⋯⋯海棠よ」

「ん?」

「感謝する」

驍大人は、咆哮礼をして―⋯それから、この局面を鋭い目つきで見つめていた。

「有昧軍の者たちの対応は俺に任せろ。もう誰も死なせやしねえ」

「⋯⋯⋯」

すると、その言葉を聞いた博益が、「すまない」とそう言って。玄鳥の柔らかい胸の綿毛をむしり取ると―⋯。海から立ち昇る蒸気でそれを湿らせた。

「これを耳に」

渾沌に惑わされぬように、と、驍大人へ。

即席の―⋯耳栓だ。

「驍大人、私からも。決して『直視』せず、気配と影―⋯『間接視野』で捉えることを徹底して」

「御意。サッカーなるものの真髄だ。では―⋯、知首よ、また会おう」

彼はそう言って、博益の肩をポン、と叩くと。

玄鳥の背から戦場のど真ん中に―⋯勢いよく降り立ったのであった。

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