海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
「博益。渾沌の邪気は私には通じない。有昧后の腕輪が―⋯無効化しているから。だから、私がヤツの弱点を直接突きたい」
「弱点とは?」
「人間に備わる、目・耳・鼻・口の7つの穴を開ける。つまり、カオスそのものである渾沌にとって、秩序という形を与えられることは最大の致命傷になる。これは―⋯確かな情報。博益、私は『知っている』の」
玄鳥は―⋯渾沌のいるその場所まで、その上空を閃光の如く―⋯切り裂くようにして辿り着いた。
作戦の―⋯開始だ。
博益が弓矢を構え、渾沌の象のような6本足を、次々に射抜いていく。
同時に―⋯治水作業から移動してきた、鳥の応援部隊が空から一斉に、麻袋を落とす。
袋を裂かれたとて、中身は―⋯泥濘だ。
こうなれば相手は―⋯その4つの翼で宙に浮き、空中戦を望むだろう。
案の上―⋯重たい身体をバッサバッサと翼をはためかせ―⋯上空へと上がって来た。
そうなれば次は⋯その邪気をひと仰ぎもさせないように。渾沌の羽を物理的に機能停止させる作戦へと移行だ。
「愚強様! 北海の湯気をあいつに集めて! それから、思いきり冷たい北風をぶつけて下さい!」
沸騰する海から立ち上っていた凄まじい水蒸気が、まるで生き物のようにうねり、渾沌の周囲へと一気に凝縮して「真っ白な蒸気の檻」を形成していく。
「愚強様―⋯今!」愚彊が鋭い咆哮とともに、北の最果ての「極寒の風」をその蒸気に向けて吹き付ける。熱湯の蒸気と、極寒の北風が正面衝突した瞬間――物理の法則が牙をむく。
渾沌の4つの羽の表面で、猛烈な「結露」が爆発的に発生したのだ。
水分が容赦なく羽の奥深くまで染み込み、脂気を一瞬で奪い去っていくだろう。
「3・2・1⋯」
ズシィィィン……!!
目に見えて渾沌の巨体が重そうに沈む。4つの羽は冷たい水を吸って完全にへたり込み、どれだけ羽ばたこうとしても、その重量の前に「羽を上に持ち上げることすらできない」状態に陥った。
「よし! 玄鳥、今から飛び降りるから―⋯あの者の真上へ!」
身動きができなくなった渾沌の身体の上に降り立ち―⋯私は、福から借りている短剣を手にする。足の機能が奪われた巨漢は、寝返りするほどにしか―⋯抵抗できない。
「貴方は―⋯渾沌だけれど、以前に会った帝江―⋯だよね。纏う雰囲気?妖気?がまるで同じ。【約束通りに】、貴方に―⋯贈る」
ここからは―⋯同情などしていられない。一切の感情を捨て、邪気が入り込む隙も与えずに―⋯穿つ!!
「貴方に必要な穴という穴を作る。渾沌よ、五感を味わうといい」
いざ―⋯!
「右目⋯、左目!!」
グス、グスと―⋯鈍い、肉を突き刺す音が―⋯響く。
「右耳―⋯っ!!」
深く刺せば刺すほどに、抜く力もいれば―⋯返り血を浴びることになる。
どこからか―⋯矢が飛んで来て。
見事に左側を打ち抜いていった。
博益だ。
飛来して来た玄鳥が―⋯左鼻を嘴で空けて。
懐から出てきた蒼鳥が―⋯まるでキツツキのように、怒りの突きで右鼻の穴を空ける。
トドメの一撃は―⋯予想だにせぬ滑稽な展開だった。
私が、口を形成すべく最後のひと突きを行うと同時に―⋯
その、背後では。
地上から―⋯槍でひと突き。
驍大人が、尻の穴まで―⋯空けてしまったのだから。
「待たせたな、知首よ。穴という穴を空けりゃあいいんだろ!!」
「⋯⋯⋯」
「⋯あ?違うのか?」
驍大人の顔を見て―⋯ホッとしたのと。
こぼれ球のシュートを狙ったのに、思い切り外したような、彼の脱力感と。
大業を果たしたような⋯疲労感で―⋯短剣を握るその手を離して―⋯ただダランと身体の横に下げたのだった。
最後の「口」が穿たれた瞬間、渾沌の肉体から不気味なカオスの熱気が一気に霧散していくのが―⋯見えた。穴を開けられた渾沌は、寓話の通りなのだろうか?ガクリと動きを止める。
しかし、それは「死」ではなく、狂気からの「解脱」。
渾沌は再び―⋯帝江として、感情はなくても―⋯感性で生きていくのだろう。
「海棠知首。もはやこの者に邪気はない」
愚強が―⋯静かにそう告げた。
戦場は、渾沌の消失と共に―⋯一旦の落ち着きが見てとれた。
駆けつけた医療班がテキパキと治療とトリアージと、運搬とを⋯行なって。
驍大人は、直ぐ様軍の立て直しを図っている。
「⋯⋯最早―⋯ただの⋯大きな袋ってことか」
(ん?袋だと⋯?)
私は愚強に、コソコソと耳打ちして。
それから―⋯有昧后への伝言を頼む。こればかりは―⋯后の許可がいるような気がしたからだ。
一体あの男は何処で何をしているのか。予想すらつかないけれど―⋯。
この事態の全てを統括し、方方へと忙しく対処しているのであろう。
「愚強様。ところで―⋯有昧后は何処に?」
「⋯⋯。神と対峙しています」
「ええっ?!」
なんと―⋯スケール違いのことを!
「ここに悪獣たちが集結していますが―⋯かつて処刑された神々の魂も眠る土地です」
「⋯⋯彼は―⋯無事で?」
「気になりますか?」
「いいえ。この事態でも姿を見せないから、何をしているのかと」
「⋯気にしないことです」
「?ならなぜ、正直に⋯?」
「―⋯では、報告を持っていて下さい」
「あ。ちょっと―⋯」
ツッコミすらさせて貰えずに、愚強はあっという間に―⋯空の彼方へ。
有昧后は―⋯浮游は。現場を私に任せた。そこには、大勢の力があってこそ叶う―⋯チームプレーの神髄がある。
一方で彼は、彼にしかできないことを孤独に―⋯たったの1人でやり遂げていたのか。
誰にも―⋯知られぬように。
「弱点とは?」
「人間に備わる、目・耳・鼻・口の7つの穴を開ける。つまり、カオスそのものである渾沌にとって、秩序という形を与えられることは最大の致命傷になる。これは―⋯確かな情報。博益、私は『知っている』の」
玄鳥は―⋯渾沌のいるその場所まで、その上空を閃光の如く―⋯切り裂くようにして辿り着いた。
作戦の―⋯開始だ。
博益が弓矢を構え、渾沌の象のような6本足を、次々に射抜いていく。
同時に―⋯治水作業から移動してきた、鳥の応援部隊が空から一斉に、麻袋を落とす。
袋を裂かれたとて、中身は―⋯泥濘だ。
こうなれば相手は―⋯その4つの翼で宙に浮き、空中戦を望むだろう。
案の上―⋯重たい身体をバッサバッサと翼をはためかせ―⋯上空へと上がって来た。
そうなれば次は⋯その邪気をひと仰ぎもさせないように。渾沌の羽を物理的に機能停止させる作戦へと移行だ。
「愚強様! 北海の湯気をあいつに集めて! それから、思いきり冷たい北風をぶつけて下さい!」
沸騰する海から立ち上っていた凄まじい水蒸気が、まるで生き物のようにうねり、渾沌の周囲へと一気に凝縮して「真っ白な蒸気の檻」を形成していく。
「愚強様―⋯今!」愚彊が鋭い咆哮とともに、北の最果ての「極寒の風」をその蒸気に向けて吹き付ける。熱湯の蒸気と、極寒の北風が正面衝突した瞬間――物理の法則が牙をむく。
渾沌の4つの羽の表面で、猛烈な「結露」が爆発的に発生したのだ。
水分が容赦なく羽の奥深くまで染み込み、脂気を一瞬で奪い去っていくだろう。
「3・2・1⋯」
ズシィィィン……!!
目に見えて渾沌の巨体が重そうに沈む。4つの羽は冷たい水を吸って完全にへたり込み、どれだけ羽ばたこうとしても、その重量の前に「羽を上に持ち上げることすらできない」状態に陥った。
「よし! 玄鳥、今から飛び降りるから―⋯あの者の真上へ!」
身動きができなくなった渾沌の身体の上に降り立ち―⋯私は、福から借りている短剣を手にする。足の機能が奪われた巨漢は、寝返りするほどにしか―⋯抵抗できない。
「貴方は―⋯渾沌だけれど、以前に会った帝江―⋯だよね。纏う雰囲気?妖気?がまるで同じ。【約束通りに】、貴方に―⋯贈る」
ここからは―⋯同情などしていられない。一切の感情を捨て、邪気が入り込む隙も与えずに―⋯穿つ!!
「貴方に必要な穴という穴を作る。渾沌よ、五感を味わうといい」
いざ―⋯!
「右目⋯、左目!!」
グス、グスと―⋯鈍い、肉を突き刺す音が―⋯響く。
「右耳―⋯っ!!」
深く刺せば刺すほどに、抜く力もいれば―⋯返り血を浴びることになる。
どこからか―⋯矢が飛んで来て。
見事に左側を打ち抜いていった。
博益だ。
飛来して来た玄鳥が―⋯左鼻を嘴で空けて。
懐から出てきた蒼鳥が―⋯まるでキツツキのように、怒りの突きで右鼻の穴を空ける。
トドメの一撃は―⋯予想だにせぬ滑稽な展開だった。
私が、口を形成すべく最後のひと突きを行うと同時に―⋯
その、背後では。
地上から―⋯槍でひと突き。
驍大人が、尻の穴まで―⋯空けてしまったのだから。
「待たせたな、知首よ。穴という穴を空けりゃあいいんだろ!!」
「⋯⋯⋯」
「⋯あ?違うのか?」
驍大人の顔を見て―⋯ホッとしたのと。
こぼれ球のシュートを狙ったのに、思い切り外したような、彼の脱力感と。
大業を果たしたような⋯疲労感で―⋯短剣を握るその手を離して―⋯ただダランと身体の横に下げたのだった。
最後の「口」が穿たれた瞬間、渾沌の肉体から不気味なカオスの熱気が一気に霧散していくのが―⋯見えた。穴を開けられた渾沌は、寓話の通りなのだろうか?ガクリと動きを止める。
しかし、それは「死」ではなく、狂気からの「解脱」。
渾沌は再び―⋯帝江として、感情はなくても―⋯感性で生きていくのだろう。
「海棠知首。もはやこの者に邪気はない」
愚強が―⋯静かにそう告げた。
戦場は、渾沌の消失と共に―⋯一旦の落ち着きが見てとれた。
駆けつけた医療班がテキパキと治療とトリアージと、運搬とを⋯行なって。
驍大人は、直ぐ様軍の立て直しを図っている。
「⋯⋯最早―⋯ただの⋯大きな袋ってことか」
(ん?袋だと⋯?)
私は愚強に、コソコソと耳打ちして。
それから―⋯有昧后への伝言を頼む。こればかりは―⋯后の許可がいるような気がしたからだ。
一体あの男は何処で何をしているのか。予想すらつかないけれど―⋯。
この事態の全てを統括し、方方へと忙しく対処しているのであろう。
「愚強様。ところで―⋯有昧后は何処に?」
「⋯⋯。神と対峙しています」
「ええっ?!」
なんと―⋯スケール違いのことを!
「ここに悪獣たちが集結していますが―⋯かつて処刑された神々の魂も眠る土地です」
「⋯⋯彼は―⋯無事で?」
「気になりますか?」
「いいえ。この事態でも姿を見せないから、何をしているのかと」
「⋯気にしないことです」
「?ならなぜ、正直に⋯?」
「―⋯では、報告を持っていて下さい」
「あ。ちょっと―⋯」
ツッコミすらさせて貰えずに、愚強はあっという間に―⋯空の彼方へ。
有昧后は―⋯浮游は。現場を私に任せた。そこには、大勢の力があってこそ叶う―⋯チームプレーの神髄がある。
一方で彼は、彼にしかできないことを孤独に―⋯たったの1人でやり遂げていたのか。
誰にも―⋯知られぬように。