海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
映像を見終えた浮游は息を呑み、かざしていた手を引き剥がすように後ろへ退く。

そのあまりにも巨大な「神の孤独と秩序」の重圧に、凍てついた葆江の前に、呆然と立ち尽くしていた。

それは―⋯有昧の后としては、誰にも見せたことのない姿であった。普段の浮游であればつけ入る隙すら与えない、峻烈な冷徹さを保つ男である。

動揺―⋯、だった。

浮游は気づいたのだ。

──あの日、天帝の目の前で、そして父親である燭陰の目の前で、鼓の肉体は確かに殺され、凶獣へと堕とされた。──だが、燭陰はあの時、怒り狂って世界を滅ぼすこともせず、ただ静かに黙認したように見えた。

そして、時を経た今。

鵕鳥(鼓)が世にもたらす大旱魃の熱を一身に引き受けているのは―⋯息子を見殺しにした贖罪の意。息子を思う愛ゆえであると、博益も息子当人でさえそう思い込んでいる。

けれど―⋯

息子と欽鴀が殺した葆江の遺体を、誰も見つけられないこの鐘山の永久凍土に隠したのは、その燭陰である。

元神を失えど当時のままの姿で数千年保管し続けたその意味は。理不尽に殺された葆江の、神としての尊厳を保つ為の墓場をつくったのであろう。

奇しくも、息子が欲していた【不老不死】の概念を、自分がつくった永久凍土で具現化させていた。

そうであるのなら。

燭陰が守っていたのは―⋯息子ではなく、葆江の尊厳。

神としての絶対的な秩序を守るため、我が子が犯した大罪の穴埋めを、何千年も、たった一人で背負い続けていた。

世の秩序を保つ為に―⋯身を呈して守り続けていたということだ。

浮游は―⋯なおもじっとこちらを見続ける葆江の瞳を、直視することはできなかった。

背けたかった。

何故なら―⋯彼が今だ静止画のようにその瞳に映しているのは。逆流する時間の果ての残像は、必死に藻掻く若き日の己の姿だからだ。

画面の向こうの自分は、あんなにも必死に顔を歪めていた。しかし、天帝に『哀』の感情を剥奪された現在の浮游には、その時の自分がどれほど深く傷つき、どれほど無念だったのか、その【痛み】をもう思い出すことができない。天帝の罰は、過去の自分の「優しさ」や「情」さえも、他人の出来事のように突き放して殺す、残酷な呪いだったのだ。

なのに―⋯。

後ろめたさがこみ上げて来るのだ。それは、あの少女から哀の感情を奪い、彼女の哀を肩代わりするようになったあの日から生じた―⋯異変であった。

有昧后としての冷徹な理性が、陸吾としての本能が、「直ちに去れ」と告げていた。

けれど、彼の身体は命じられるより早く、再び葆江へと向き直っていた。

彼は、自身の滅紫の広袖から、手をそっと伸ばした。「哀」を抉り取られた彼には、今更この死者を悼む涙など一滴も流せない。だが、有昧の后という重苦しい仮面の裏で、彼が頑なに捨てずに抱きしめ続けている「浮游」としてのアイデンティティが、彼の指先を突き動かしていた。

あの北の地で泥にまみれ、ただ純粋に笑っていた頃の、浮游の心が。

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