海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
私は、一気にお茶を飲み干すと―⋯。
素っ気ない有昧后の背中に向かって心からの咆哮礼を行う。
博益と契とが、不思議そうにその光景を眺める中で、その背中がゆらりと立ち上がった。
そして―⋯スタスタと何処かへ向かって歩みを進めていく。
「有昧伯、何処へ?」
「⋯⋯」
「同行しても?」
「そんなに閻魔に会いたいか?」
「あ、いえ。失言でした。お許しを」
「お前の策だ。自分の口で説明すべきだろう」
「遠慮します」
「雄弁に語っていたその口を、冥界王にも利けるのか―⋯試せばよい」
「ごめんなさい、かような愚策を説明などできません」
私はわざとらしく―⋯スライディング土下座を決め込むと。イラッとしたであろう有昧后が即座に奥襟を掴んで、すん、と立たせてしまう。
「ようやくこっちを見ましたね、有昧后」
そう言って、峻烈に睨んでいるであろう彼の灰色の目を覗き込むが―⋯。
「⋯⋯⋯」
ふと、その上。有昧后の額に残る、赤い火傷のような跡を見てしまう。
愚強の言葉を思い出す。
一体彼は、何処にいて、何をして、誰と―⋯対峙していたのだろうか、と。
すると―⋯背後から、ポン、と博益が肩を叩いて。
「また『ぐるぐる』していたな、海棠よ。―⋯有昧伯。彼女を連れて行くのなら、私も同行しよう。この顔ぶれでは、冥界にひと騒動を起こしそうだ」
とそう軽やかに言って、この微妙な空気を霧散させてくれた。
有昧后は無言のまま踵を返して。
また、先へと―⋯歩みを進めて行くのだった。
彼が向かったのは、干上がった川に空いた―⋯穴。獯鬻が穿った、底しれぬ不気味な―⋯忘川への垂直ルートである。
まさかここから行くとか言うのでは?と恐ろしくなって、落ちないように⋯落ちないように⋯と、顔だけひょこっと、出してみる。
ひんやりとした冷たい空気が⋯静かに静かに湧き上がってくる。それがミスト状になって、火照った顔を心地よく濡らす。
有昧后曰く、穴を開通させた訳ではないらしい。ギリギリの所まで攻め、相手の出方を窺ってから⋯策を即座に講じるべく、その下準備を整えた状態だ。
次々と運び込まれる青銅パイプのその直径と、この穴との大きさに寸部の狂いもなく見えるのは―⋯これがいかに計算し尽くされ、それを正確に指揮してきた者がいるという証拠だ。
有昧后よ、貴方こそ―⋯寝ていないのでは?
チラ、と浮游の方へと振り返る。
彼は寝ない訳ではない。私だけがきっと知っている。
目を開けたまま、そう、まるで警戒を解かぬまま―⋯意識を閉ざすことがある。
果たして―⋯この鐘山に来てから、あの、【ただの后時計】に成り下がったことが1度でもあっただろうか?と。
一方の有昧后は、そんな私の思惑などは気にも留めないだろう。
地上に残す部隊に、次の指示を送って。変わらずにその威厳を示しているのだった。
素っ気ない有昧后の背中に向かって心からの咆哮礼を行う。
博益と契とが、不思議そうにその光景を眺める中で、その背中がゆらりと立ち上がった。
そして―⋯スタスタと何処かへ向かって歩みを進めていく。
「有昧伯、何処へ?」
「⋯⋯」
「同行しても?」
「そんなに閻魔に会いたいか?」
「あ、いえ。失言でした。お許しを」
「お前の策だ。自分の口で説明すべきだろう」
「遠慮します」
「雄弁に語っていたその口を、冥界王にも利けるのか―⋯試せばよい」
「ごめんなさい、かような愚策を説明などできません」
私はわざとらしく―⋯スライディング土下座を決め込むと。イラッとしたであろう有昧后が即座に奥襟を掴んで、すん、と立たせてしまう。
「ようやくこっちを見ましたね、有昧后」
そう言って、峻烈に睨んでいるであろう彼の灰色の目を覗き込むが―⋯。
「⋯⋯⋯」
ふと、その上。有昧后の額に残る、赤い火傷のような跡を見てしまう。
愚強の言葉を思い出す。
一体彼は、何処にいて、何をして、誰と―⋯対峙していたのだろうか、と。
すると―⋯背後から、ポン、と博益が肩を叩いて。
「また『ぐるぐる』していたな、海棠よ。―⋯有昧伯。彼女を連れて行くのなら、私も同行しよう。この顔ぶれでは、冥界にひと騒動を起こしそうだ」
とそう軽やかに言って、この微妙な空気を霧散させてくれた。
有昧后は無言のまま踵を返して。
また、先へと―⋯歩みを進めて行くのだった。
彼が向かったのは、干上がった川に空いた―⋯穴。獯鬻が穿った、底しれぬ不気味な―⋯忘川への垂直ルートである。
まさかここから行くとか言うのでは?と恐ろしくなって、落ちないように⋯落ちないように⋯と、顔だけひょこっと、出してみる。
ひんやりとした冷たい空気が⋯静かに静かに湧き上がってくる。それがミスト状になって、火照った顔を心地よく濡らす。
有昧后曰く、穴を開通させた訳ではないらしい。ギリギリの所まで攻め、相手の出方を窺ってから⋯策を即座に講じるべく、その下準備を整えた状態だ。
次々と運び込まれる青銅パイプのその直径と、この穴との大きさに寸部の狂いもなく見えるのは―⋯これがいかに計算し尽くされ、それを正確に指揮してきた者がいるという証拠だ。
有昧后よ、貴方こそ―⋯寝ていないのでは?
チラ、と浮游の方へと振り返る。
彼は寝ない訳ではない。私だけがきっと知っている。
目を開けたまま、そう、まるで警戒を解かぬまま―⋯意識を閉ざすことがある。
果たして―⋯この鐘山に来てから、あの、【ただの后時計】に成り下がったことが1度でもあっただろうか?と。
一方の有昧后は、そんな私の思惑などは気にも留めないだろう。
地上に残す部隊に、次の指示を送って。変わらずにその威厳を示しているのだった。