海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
穴の中を落下して忘川にいくなんて、末恐ろしい⋯などと危惧していたのは、無駄な【ぐるぐる】であった。

大鶚を従え、それに乗ってあっという間にやって来たのは―⋯有昧。

そこは―⋯忘川の源流であり、入口でもある場所。

有昧后は到着して直ぐに、冥界の使者と対峙し、何やら話し込んでいた。

どうやら―⋯冥界へと行くには、手順を踏む必要があるらしい。

そう言えば、有昧后はこの場所を管轄していたのだ。出会った時のことを考えてみれば、そもそも私はここにいただけで、不法侵入者・不審者として捕まった経緯がある。そうでもしなけりゃ、入り放題の忘川なんて―⋯殺人の巣窟にでもなりそうだ。うん、厳重な警備と手続きは必須だ。

つまり有昧后は、冥界の者を除けば誰よりも詳しいのであろう。

涼しい顔して簡単に冥界王に会うって発想に至る訳だ。

そう⋯。この地が、この天妖界での人生のスタート地点だった。そして、最も古い知り合いは、勿論浮游と、福。

原点にいい思い出はないが、懐かしさはある。

大鶚は有昧后の側を離れずにいるお陰で、その巨体が死角をつくっていた。

「博益、こっちこっち」

と、私は有昧后の目を盗んで、その原点である―⋯【洞窟】へと博益を案内する。

禹后の臣下といえど、この者が有昧を脅かすことはすまいと、謎の信頼があってこその行動であった。と、いうのも。自分のルーツ?であるこの忘川への見解を、是非聞いてみたかったのだ。

私は何もない洞窟の中で、ここで起きたことを、覚えている記憶のパーツを、博益へと話していく。他者に話すことで、その記憶をより強固に留めておくことができるのは―⋯勉強にも通ずる手法だ。

私は、人間界での記憶が部分的に消失している。

恐れて―⋯いたのかもしれない。

自分がこの地にやって来た時、側を流れていた忘川。

今、渡ろうとしているのも⋯ソレだ。何か間違いが起きて、天妖界で過ごした日々すら忘れてしまったら、私が私として生きていけないのではないか、と。

息つく間もないくらいに一斉に喋って、この勝手な行動が有昧后にバレていないかと辺りをキョロキョロと見渡した。

博益はずっと黙って。時に頷きながら⋯拙い話を聞いてくれた。

勿論、博益だって、なぜ私がこの地に―⋯この場所に来たのかなんて知る筈もない。けれどその僅かな期待に応えようと、共に考える真摯な姿勢が嬉しかった。

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