海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
やがて―⋯この道は地底へと潜ったのであろう。真っ暗な暗闇が訪れるのと同時に、小さな青い光が幾つも点滅して。水面にキラ、キラと反射するのであった。魂導灯の黄色と、青とのコントラストが幻想的で⋯美しかった。

「博益、あれは?」

「⋯⋯おそらくだが、䱤父(かんぷ)の稚魚だろう。忘川の源流は確かに有昧であるが、地底では世のあらゆる水脈と繋がっている。東の海が生息地ではあるが―⋯天地変動で、忘川に迷い込んだのであろう。新たな生態系を生み、繁殖したのでは」

「天地変動⋯。そっか、文鰩魚も⋯そうだった」

「今回のことに限らぬ。過去にも、天地変動が起きたことあった。不周山(ふしゅうざん)の⋯」

「⋯共工怒触不周山(ゴンゴン ヌー チュー ブー ジョウ シャン)⋯」

「⋯⋯?今、何か?」

「いや、ひとりごと」

「⋯⋯?」

【共工怒触不周山】。

中国では―⋯子供でさえ1度は絵本や教科書で目にする言葉だ。有名な、有名な―⋯天地変動の話。けれど、その天地変動の真の理由は⋯どれが正しく、どれが誤りであるのかは最早知る由もない。

この者たちもまた、真実を知っていながら⋯誤解したり偽ったりしているのだろうか。

「まあ⋯、理由は色々。燭陰がいい例だな」

史実と、神話と、現実と、虚像。ここは本当に―⋯何が起こるかわからない世界だ。

「けれど―⋯魂導灯を持たない者にとっては、有難い道標だね」

「そうであるな」

それらの光が―⋯死者の顔をハッキリと映し出す。意思を宿す瞳を持つ者もいれば、空虚な瞳の者もいる。道を失ったのか、はたまた死に迷いがあるのか―⋯きょろきょろと周囲を見渡す者も。

「長く川に浸かり、記憶を失えば⋯自我も奪われるのに等しい。なぜここにいるかも理解もできぬまま、歩く他ないのだ」

自我の喪失は⋯死に等しい。生きる意味すら、失くしてしまうのだから。

恐ろしい、と。心からそう思った。

間違ってもこの川に落ちたくはない。そう思ったら―⋯何故か心臓がギュウっと掴まれるかのような痛みを感じた。思わず懐を握りしめると、そこからひょこっと蒼鳥が顔を出した。

丸っこい可愛い尾は隠したまま―⋯。

キュッと一瞬鳴いて、大鶚が羽ばたくその様を、じっとじー、っと見つめるのだった。

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