海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
そして、命じられた翳大宰が、淡々とそれを読み上げていくのであった。
「冥府第一殿の臣・秦広王、誠惶誠恐、頓首頓首《とんしゅとんしゅ》、死罪死罪。謹みて書を幽都大帝陛下の御前に上る。
臣秦広王、地府の未曾有なる異変を拝し、恐れながら直言奉る。
本日、有昧伯より、我が地府を流るる忘川(ぼうせん)へと一羽の罪人・大鶚が投ぜられたるが、その身を検分せしに、驚くべき事態が発覚いたせり。
その怪鳥の肉体、未だ息ありて、生の血肉を留めたる「生者」そのものなり。本来、忘川の水底に足を踏み入れるは、命の灯火の消え去りたる死者のみに許されたる法なれば、未だ魂と魄の別れぬ生者がこの地を踏むは、陰陽の法理を乱し、冥府を護る結界を根底より揺るがす大禁忌に他ならず。忘川の岸辺に控える鬼卒らは、生死簿に名のなき「生身の怪鳥」を前にして、これをいかに扱うべきか混迷を極め、その混乱の渦中、大鶚の肉体に不気味な異変が起こりたり」
つまりの所―⋯生者である【大鶚】という者が、有昧后によって不法に死者しか行けない冥界に投げ込まれたっていうことだろう。
ところで、大鶚って誰?
てか、秦広王は実在してたのか。これは思わぬ展開だ。
上疏はなおも続く。
「然るに、その混乱の渦中、大鶚の肉体に不気味な異変が起こりたり。忘川の源流たる地を統べる、有昧伯の施したる神術により、怪鳥の首元にかつて天帝に斬首されたる時の、凄惨極まる刃の傷痕が突如として浮き上がりたるなり。さらに驚愕すべきは、その嘴に、有昧の領地よりすでに【出国の印】を押されたる【幽契の石版】を、深く咥えさせられておわすことなり。臣秦広王、この二つの証を見て、ついにその正体を察せり。この者は、死者が審判を受け転生するという『死者の理』を不当に免れ、死して直ちに凶獣の肉体を得て、地上で生の執着を繋ぎていた大罪人。すなわち、かつて崑崙の陽にて、鼓と共謀し神殺しの禁忌を犯したる『欽䲹』その人に他ならず。有昧伯が直々に『出国の印』を押し、生身のまま地府へ送り込みたるは、一見すれば掟を無視したる私刑の如くなれど、その実、この大罪人に冥府の正当なる『入国の印』を押し、正式なる手順を以て地獄の刑罰に服させよという、無言の督促。然れども、現場の意見は真っ二つに割れ、いまだ暗雲低迷のなかにあり。一方の鬼卒らは、『未だ息ある生者を地獄の檻に繋ぐは冥界の法に触れる。即座にその息の根を止め、死者としてから裁くべきだ』と気色ばみ、他方の役人らは、『天帝の刑罰を逃れて凶獣となった大罪人を、我らの独断で勝手に殺めれば、天族や崑崙との間にいかなる大過を生じるか計り知れず、このまま幽閉すべきだ』と恐々として指一本動かせぬ有様なり。有昧伯の『出国印』ある石版を前に、我ら十王といえども、この大罪人を如何に扱うべきか、独断にて決する能わず。伏して望むらくは、大帝陛下。一刻も速やかに御決断を以て『入国の印』を賜るか、あるいは新たなる御命令を現場へ下されんことを。臣秦広王、地府の未曾有の危機に臨み、職を賭して直言奉る。不勝戦慄の至り。謹んで上疏す」
「冥府第一殿の臣・秦広王、誠惶誠恐、頓首頓首《とんしゅとんしゅ》、死罪死罪。謹みて書を幽都大帝陛下の御前に上る。
臣秦広王、地府の未曾有なる異変を拝し、恐れながら直言奉る。
本日、有昧伯より、我が地府を流るる忘川(ぼうせん)へと一羽の罪人・大鶚が投ぜられたるが、その身を検分せしに、驚くべき事態が発覚いたせり。
その怪鳥の肉体、未だ息ありて、生の血肉を留めたる「生者」そのものなり。本来、忘川の水底に足を踏み入れるは、命の灯火の消え去りたる死者のみに許されたる法なれば、未だ魂と魄の別れぬ生者がこの地を踏むは、陰陽の法理を乱し、冥府を護る結界を根底より揺るがす大禁忌に他ならず。忘川の岸辺に控える鬼卒らは、生死簿に名のなき「生身の怪鳥」を前にして、これをいかに扱うべきか混迷を極め、その混乱の渦中、大鶚の肉体に不気味な異変が起こりたり」
つまりの所―⋯生者である【大鶚】という者が、有昧后によって不法に死者しか行けない冥界に投げ込まれたっていうことだろう。
ところで、大鶚って誰?
てか、秦広王は実在してたのか。これは思わぬ展開だ。
上疏はなおも続く。
「然るに、その混乱の渦中、大鶚の肉体に不気味な異変が起こりたり。忘川の源流たる地を統べる、有昧伯の施したる神術により、怪鳥の首元にかつて天帝に斬首されたる時の、凄惨極まる刃の傷痕が突如として浮き上がりたるなり。さらに驚愕すべきは、その嘴に、有昧の領地よりすでに【出国の印】を押されたる【幽契の石版】を、深く咥えさせられておわすことなり。臣秦広王、この二つの証を見て、ついにその正体を察せり。この者は、死者が審判を受け転生するという『死者の理』を不当に免れ、死して直ちに凶獣の肉体を得て、地上で生の執着を繋ぎていた大罪人。すなわち、かつて崑崙の陽にて、鼓と共謀し神殺しの禁忌を犯したる『欽䲹』その人に他ならず。有昧伯が直々に『出国の印』を押し、生身のまま地府へ送り込みたるは、一見すれば掟を無視したる私刑の如くなれど、その実、この大罪人に冥府の正当なる『入国の印』を押し、正式なる手順を以て地獄の刑罰に服させよという、無言の督促。然れども、現場の意見は真っ二つに割れ、いまだ暗雲低迷のなかにあり。一方の鬼卒らは、『未だ息ある生者を地獄の檻に繋ぐは冥界の法に触れる。即座にその息の根を止め、死者としてから裁くべきだ』と気色ばみ、他方の役人らは、『天帝の刑罰を逃れて凶獣となった大罪人を、我らの独断で勝手に殺めれば、天族や崑崙との間にいかなる大過を生じるか計り知れず、このまま幽閉すべきだ』と恐々として指一本動かせぬ有様なり。有昧伯の『出国印』ある石版を前に、我ら十王といえども、この大罪人を如何に扱うべきか、独断にて決する能わず。伏して望むらくは、大帝陛下。一刻も速やかに御決断を以て『入国の印』を賜るか、あるいは新たなる御命令を現場へ下されんことを。臣秦広王、地府の未曾有の危機に臨み、職を賭して直言奉る。不勝戦慄の至り。謹んで上疏す」