海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
そして、風見鶏男は、というと―⋯

「おお……見よ、大宰! なんと愛らしい雛だ。有昧伯、それはそなたの地領の珍鳥か? 忘川の荒波を越えて、よくぞこれほど小さき命が、無事にここまで辿り着いたものだ。どれ、朕の元へまいれ」

と、誰よりも過剰な反応を示したのである。突如現れた無害で愛くるしい小鳥は、彼にとって格好の「現実逃避の的」だ。先ほどまでの怯えを忘れたかのように、まるで幼子のように目を輝かせて身を乗り出すが⋯

同時に大宰の片眉がピクリと跳ね上がり、その視線はただちに、小鳥から、それを隠してきた私へ、それからすぐさまに、その女を背負う男⋯有昧后へと移る。

大宰の目が、無言のまま「何を持ち込んだ」と有昧后を鋭く詰問しているかのようで⋯バッチバチの火花が散っているではないか。

そりゃあね。大事な話している時に、主が小鳥と戯れるこの光景など見たくもないのはわかる。

「ねえ、何でこのまともで優秀な(えい)大宰が王じゃなくて、こっちが王なの?」

つい耐えかねて、有昧后へと耳打ちすると。

「先代の息子だ」とだけ答えた。

なるほど!冥界はなんと、世襲制であったのか。つまり―⋯だ。冥界という絶対的な死者の国が、すでに「世襲制の愚かな風見鶏息子」によって統治され、実務の者がどれだけ有能でも、血筋だけが世を継ぐという⋯。

私はチラリ、と博益の方を見る。

一体どんな思いでこの有様を見ているのか、と。

これから⋯夏王朝こそが禅譲制から世襲制への移行という、歴史の不条理の渦中へと突入する転換期へと向かう筈なのだ。

けれど博益は、というと。

その表情からは何を思うかは全く窺い知れない。ただただ目の前の情けない王を憐れな目で見ていることだけは間違いなさそうであった。

一方の大宰はすぐさま、冥界王の背後へと忍び寄り、伸ばしかけていた大帝の袖を、音もなくスッと引いた。すると、その手からするりと逃れた蒼鳥は私の頭上をパタパタとひと回りして戻って来ては―⋯今度は肩にとまったのだった。

「陛下」 

大宰の声は、低く、平坦であった。

「……ただの迷い鳥にございます。忘川の瘴気にあてられ、頭が弱っているのでしょう。構われる必要はございませぬ。――有昧伯、その娘を早く下ろしなされ」

主君の袖を引く大宰の尋常ならざる気配と、その冷徹な横顔を間近に見た大帝は、息を呑んだ。これ以上触れてはならぬ「何か」があることを、傀儡の帝ゆえに⋯本能的に察したのであろうか。大帝は恐怖に顔を引き攣らせ、伸ばした手を慌てて引っ込めると、そのままふいっとこちらに背を向ける。 

私の耳に届いたのは、大宰の「ただの迷い鳥」という冷ややかな言葉だけだ。彼らの間に流れる凍りつくような沈黙の理由は、混濁した私の頭では理解できない。 ただ、有昧后の大きな手がそっと頭を包み込み、その視界から大宰と大帝の姿を遮るように、私をさらに深く、その逞しい肩へと担ぎ直したのだった。

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