海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
鐘山の未曾有の事態への対処として、燭陰の熱を冥界へと流す案においても―⋯再び大宰は苦言を呈した。

俗世の熱を冥府へ流すなどとは―⋯なんちゃら、と。するとすかさず博益が「神聖なる神がもたらす死者への温情であると考えぬか」と言葉を返す。

その頃には⋯もはや冥界の王は、蚊帳の外だ。

威圧的な物言いで押し黙らせる有昧后と、現実的に冥府の(ことわり)と法を語る大宰と、視点を変えた理論で柔和に斬り込む博益と。もはや堂々巡りの激しいバトル。

「まあまあまあ」と、それぞれを窘めるだけが関の山であった。

そして―⋯結局雑巾がけの私もまた、蚊帳の外。

いいや⋯この埒のあかない三竦み状態を打破せねば、元来の目的を果たすことはできないだろう。私にできることとは?

誰も触れない、トンデモ発言で―⋯強行突破させることくらいだ。

「あの―⋯、翳大宰。まず、大鶚という元・神の一件だけで朝議?を長引かせるような愚行はどうかと」

「「「⋯⋯!!!」」」

「それから、幽都大帝。よーく考えて下さい。燭陰のこの熱は既に、九部の海を温め異常を起こしています。このまま放置すれば、やがて中原へ、そして更に南へと大旱魃をもたらし、この天妖の地は死人で溢れるでしょう。そうすると―⋯死者はどうなると?」

「⋯。忘川を渡り、朕が都へと来るであろう?」

「ですから、生ける者全てが一気に死者となれば、冥府には人が溢れかえり、審判どころではありません。そこに神すらもやって来るのですよ?」

「⋯⋯!!」

「神がどうにかできるのなら、事態はとっくに治まっているでしょう。そうでないのなら、神ですら抵抗できぬことだと。高尚な者が大勢冥府に渡ると仮定します。貴方は、十王たちは、真っ向から対峙できるのですか?⋯いいですか。冥府の法だの理だの騒いでいるうちに、冥界は既に天妖界の者たちに、まず数で及びません。そうすると何が起きるのか?⋯最も恐れるのではないですか?天妖界が、冥府をも平定し存在すら消え去る可能性が。まさに天地がひっくり返るのです。死者が統治する世が始まります」

「⋯⋯⋯」

「もう1度言います。貴方は神1人おろか、ちっぽけな方国の后にさえ⋯対処できていないのです。天地がひっくり返り冥府が栄華を極めるとしましょう。けれどその時に帝王の座に座っているのは―⋯貴方ではありません。その覚悟が、あるのですか」

有昧后。

私に求めているのは―⋯これでしょう?この地にしがらみも、執着もなく、恐れもなく。突破口を開いていくための、起爆剤だ。

チラリ、と有昧后の顔を覗き見る。

ちっぽけな方国だと有昧を揶揄したのは―⋯あくまで、傀儡王を揺さぶるためだと分かっているでしょう?

心なしか、彼の口角が⋯上がっているようにも見える。いや、そう見えると錯覚させて欲しい。

では、仕上げにいこうじゃあないか。

ー.(ひとつ)直ちに幽契に印を押し、大鶚の裁判を正当に行うべし。一.天地平定を防ぐべく、有昧伯への協力に同意すべし。けれど―⋯ここは貴方がたの領土。選択権はそちらにあり、強要すべきではない。進む方向が互いに異なるのなら、これから【何が起こっても】、我々は関与しない。どうか⋯ご明察を」

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