海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
幽都大帝は、一連の渾身の口撃を真っ向から浴びて。
途端にヘラっと媚びるようにして。態度を一変させた。
「朕が都は凍てつく瘴気に溢れて寒くてかなわない。どんなに衣を重ねても、指先まで冷たく、公務も捗らないのだ。丁度良い、神の熱が降り注ぐと言うのであれば、死者にとってはその生きた温もりこそ、心の救いとなるであろう。せめてもの弔いである。瘴気も―⋯浄化されるかもしれぬ。よしよし、印だ、印を押そう」
よし、言質をとった!
「⋯ご厚情に感謝いたします。陛下は英明なり!」
そうなると⋯黙ってはいないのは、やはりあの人であった。
「陛下!なりませぬ」
出た。最強のゴールキーパーの鉄壁!
では、ダメ押しの追加点を、狙いましょうか。
「翳大宰。もし貴方の諫言で協力を拒み、陛下が廃帝になったのなら⋯貴方は大奸臣として歴史に名を刻むでしょう。逆に―⋯寛大に新しいものを受け入れるのならば、十王達には恨まれど、各界の死者や遺族達に―⋯多くの民に、感謝されるでしょう」
「⋯⋯!」
「【善く戦う者は⋯、人に致して人に致されず】。バ〜イ孫子」
(いいですか、大宰。選ぶべき道は、元よりひとつです)
独自の評価基準をこちらから先に提示し相手に「選ばされている」と思わせながら、実は自分が用意した選択肢(フレーミング効果)の中で動かすのが極意。兵法の大前提、主導権を常に自分が握り、相手のペースに決して巻き込まれない。これが―⋯私の戦い方だ。
すると、翳大宰は視線を1度落として。
それから、有昧后の顔を見上げては⋯はあ―⋯、と大きく息を吐いた。
「此度は妙な客人が多いゆえ、お前の顔を立ててやる。誤解するでない。これも冥府の秩序を守るためだ」
と、雄弁に語るのだった。
(⋯⋯ん?脅されて気が触れた?)
そして、有昧后へとゆっくりと近づいて来ると。彼の耳元で⋯囁くようにようにしてこう言うのであった。
「回りぐどいことをして、わざわざ手順を踏むなど―⋯お前は【何】の目から逃れようとしているのだ?」
「⋯⋯」
「まあいい。十王や幽都大帝の体面はこれで守れたであろう。後のことは、冥府が請け負う」
翳大宰は、有昧后の肩をポン、とひとつ叩いて。けれど―⋯死後の世界を司る幽都大帝の、その影の実権者としての威厳は見事なまでに崩さずに。
なんともまあ―⋯、まさかの、【演じきった】のであった。
冥界王と交渉し許可を得る為の算段を、便宜を図っていたのは。この者であったのか!
それなのに、傀儡王は、というと。
「有昧にかような勇敢な才女がおったとは⋯実に喜ばしいことではないか。天妖にそなたがいれば、朕も安心だ。けれど―⋯大宰。その知略を【ちっぽけな有昧】で埋まらせるのは、勿体ないとは思わぬか?朕が都の安寧に力を貸して貰えぬだろうか」
相も変わらずにのらりくらりと、他力本願な醜態を見せつけるのだった。
「妃として迎え入れ―⋯」
「⋯陛下。只者ではないとやはりお気づきでしたか。その女子は有昧軍の知首。多くの凶獣を殺傷し冥府に送ってきた張本人にございます。凶獣の瘴気にあたった者を引き入れては―⋯功を立てるどころか、混乱を招くでしょう。それに⋯有昧伯がわざわざ連れてきたのは、脅しに他なりません。⋯ご明察を」
「はは⋯、そうすると―⋯渾沌を手玉にとった勇者とは⋯」
「左様にございます」
「⋯⋯まさに九部の加護であるな。あやかろうなど、浅はかな考えであった」
大宰こそが、冥界におけるブレーン。そして⋯有昧后とは旧知の仲であったのか?
おそらく、事前に既に事情を知り⋯見事に傀儡王をコントロールし、黙らせたのだ。
「大帝。状況は逼迫していると見受けられます。この女子をこれ以上ここに留めておくのは得策ではない。けれど、このまま逃しては⋯事後に素知らぬ顔して無関係だと言い張り責任逃れをする可能性も。冥府に累が及ぶようであれば⋯全責任を請け負うよう、こちらも条件をつけるべきかと」
「そうであるな。無条件で認めては朕の沽券にも関わるところであった。よしよし、そうしよう。有昧伯よ、そちは直ちに鐘山に戻って策を実行すべきだ。翳大宰が申す条件を飲まないなど言うまい?」
「⋯⋯。謹んで受け賜る」
さっぱり謹んではいないけれど⋯、形ばかりはしっかりと整えて。有昧后は、冥界と条約を結ぶ。
博益は、遠目でその様子を眺めながら⋯「これこそ壮大な茶番劇であったな」とクスリと笑うのであった。
これで全ての条件は整った。
途端にヘラっと媚びるようにして。態度を一変させた。
「朕が都は凍てつく瘴気に溢れて寒くてかなわない。どんなに衣を重ねても、指先まで冷たく、公務も捗らないのだ。丁度良い、神の熱が降り注ぐと言うのであれば、死者にとってはその生きた温もりこそ、心の救いとなるであろう。せめてもの弔いである。瘴気も―⋯浄化されるかもしれぬ。よしよし、印だ、印を押そう」
よし、言質をとった!
「⋯ご厚情に感謝いたします。陛下は英明なり!」
そうなると⋯黙ってはいないのは、やはりあの人であった。
「陛下!なりませぬ」
出た。最強のゴールキーパーの鉄壁!
では、ダメ押しの追加点を、狙いましょうか。
「翳大宰。もし貴方の諫言で協力を拒み、陛下が廃帝になったのなら⋯貴方は大奸臣として歴史に名を刻むでしょう。逆に―⋯寛大に新しいものを受け入れるのならば、十王達には恨まれど、各界の死者や遺族達に―⋯多くの民に、感謝されるでしょう」
「⋯⋯!」
「【善く戦う者は⋯、人に致して人に致されず】。バ〜イ孫子」
(いいですか、大宰。選ぶべき道は、元よりひとつです)
独自の評価基準をこちらから先に提示し相手に「選ばされている」と思わせながら、実は自分が用意した選択肢(フレーミング効果)の中で動かすのが極意。兵法の大前提、主導権を常に自分が握り、相手のペースに決して巻き込まれない。これが―⋯私の戦い方だ。
すると、翳大宰は視線を1度落として。
それから、有昧后の顔を見上げては⋯はあ―⋯、と大きく息を吐いた。
「此度は妙な客人が多いゆえ、お前の顔を立ててやる。誤解するでない。これも冥府の秩序を守るためだ」
と、雄弁に語るのだった。
(⋯⋯ん?脅されて気が触れた?)
そして、有昧后へとゆっくりと近づいて来ると。彼の耳元で⋯囁くようにようにしてこう言うのであった。
「回りぐどいことをして、わざわざ手順を踏むなど―⋯お前は【何】の目から逃れようとしているのだ?」
「⋯⋯」
「まあいい。十王や幽都大帝の体面はこれで守れたであろう。後のことは、冥府が請け負う」
翳大宰は、有昧后の肩をポン、とひとつ叩いて。けれど―⋯死後の世界を司る幽都大帝の、その影の実権者としての威厳は見事なまでに崩さずに。
なんともまあ―⋯、まさかの、【演じきった】のであった。
冥界王と交渉し許可を得る為の算段を、便宜を図っていたのは。この者であったのか!
それなのに、傀儡王は、というと。
「有昧にかような勇敢な才女がおったとは⋯実に喜ばしいことではないか。天妖にそなたがいれば、朕も安心だ。けれど―⋯大宰。その知略を【ちっぽけな有昧】で埋まらせるのは、勿体ないとは思わぬか?朕が都の安寧に力を貸して貰えぬだろうか」
相も変わらずにのらりくらりと、他力本願な醜態を見せつけるのだった。
「妃として迎え入れ―⋯」
「⋯陛下。只者ではないとやはりお気づきでしたか。その女子は有昧軍の知首。多くの凶獣を殺傷し冥府に送ってきた張本人にございます。凶獣の瘴気にあたった者を引き入れては―⋯功を立てるどころか、混乱を招くでしょう。それに⋯有昧伯がわざわざ連れてきたのは、脅しに他なりません。⋯ご明察を」
「はは⋯、そうすると―⋯渾沌を手玉にとった勇者とは⋯」
「左様にございます」
「⋯⋯まさに九部の加護であるな。あやかろうなど、浅はかな考えであった」
大宰こそが、冥界におけるブレーン。そして⋯有昧后とは旧知の仲であったのか?
おそらく、事前に既に事情を知り⋯見事に傀儡王をコントロールし、黙らせたのだ。
「大帝。状況は逼迫していると見受けられます。この女子をこれ以上ここに留めておくのは得策ではない。けれど、このまま逃しては⋯事後に素知らぬ顔して無関係だと言い張り責任逃れをする可能性も。冥府に累が及ぶようであれば⋯全責任を請け負うよう、こちらも条件をつけるべきかと」
「そうであるな。無条件で認めては朕の沽券にも関わるところであった。よしよし、そうしよう。有昧伯よ、そちは直ちに鐘山に戻って策を実行すべきだ。翳大宰が申す条件を飲まないなど言うまい?」
「⋯⋯。謹んで受け賜る」
さっぱり謹んではいないけれど⋯、形ばかりはしっかりと整えて。有昧后は、冥界と条約を結ぶ。
博益は、遠目でその様子を眺めながら⋯「これこそ壮大な茶番劇であったな」とクスリと笑うのであった。
これで全ての条件は整った。