海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
鐘山の地に穿いた―⋯深い穴。循環図のセンターサークルに到着した我々を待っていた者は、そう多くはなかった。帰還を歓迎するムードでないことに、寧ろ安堵を覚える。緊張感を保ったまま、獯鬻の猛者達が⋯耒を片手にギュッと握りしめて、その時を静かに待つ。
なぜなら⋯この地を守り抜く為に、今もなお戦いが続いているからだ。北溟軍、有昧軍、商の行商の者たち、契に⋯福、驍大人。地底深くではきっと、翳大宰が幽都の軍を用意して待っているだろう。
そして私たちもまた、早急に粛々と敢行せねばならない。その使命感がひしひしと伝わってくるのだった。
私たちから少しだけ遅れて、博益が玄鳥から飛び降りて到着する。
「まだ海棠に、説明しきれていないことがあるというのに⋯」と、彼は慌てた様子で私に駆け寄って来ると、すぐさま、早口で話し出した。
どうやら失った記憶の中に、この治熱工事における最重要事項があったようだ⋯。相変わらず整然とその仕組みの説明するが、1度見聞きしたことだからだろうか?頭の中で、明確にビジョンが描かれていくのだった。
それは―⋯螺旋の溝であったり、二重構造の魔法瓶であったり。そう、恐らく博益は⋯私が語ったのであろう現代の概念を自ずと取り込んで、巧みに織り交ぜて伝えているのだろう。その聡明さには―⋯頭が下がる思いであった。
けれど、何故であろう。
あの、冷たい空間に長くいたせいか―⋯この鐘山の熱が、より強靭に、熱風を纏っているかのように感じて。
零れ落ちて来る汗に、漠然と不安を覚える。
再インストールの完了と共に、ゆっくりと周囲を見渡していくと。
「⋯⋯なるほど―⋯」
鐘山の上空には―⋯見覚えある大きな猛禽類が、燭陰の周りをぐるぐると旋回しているではないか。
「⋯⋯シュン。愚かな⋯」
父の行く末を心配し、飛来してきたのだろう。
けれど、そもそもの熱の原因が側にいては⋯親子の情をも凌駕する熱が、世に溢れ出してしまうだろう。
そして我々が行うのは⋯永遠に続く、熱の循環。切っても切れない、親子の切ない共依存の出発点であると⋯言えるのだ。
誰も、報われぬ⋯けれど世を救う為の工事が、今始まろうとしていた。
瞬きすらできぬ―⋯北の上古神、燭陰よ。
その目でどうか、焼き付けて欲しい。力なき民が⋯その秩序に抗う姿を。
有昧后が、北の天高く―⋯その手を翳したのが合図となった。
愚強が、シュンを跳ね除けるようにして⋯燭陰の前に憚ると。その巨大な羽で―⋯灼熱の風を、一気に仰ぎ一縷の道筋をつくっていく。
その熱がまるで吸い込まれるようにして⋯青銅管の入口へと流れ込んでいくのであった。
失敗は許されぬ。
天冥と、九部の命運を背負った、未曾有の工事の―⋯幕開けだ。
なぜなら⋯この地を守り抜く為に、今もなお戦いが続いているからだ。北溟軍、有昧軍、商の行商の者たち、契に⋯福、驍大人。地底深くではきっと、翳大宰が幽都の軍を用意して待っているだろう。
そして私たちもまた、早急に粛々と敢行せねばならない。その使命感がひしひしと伝わってくるのだった。
私たちから少しだけ遅れて、博益が玄鳥から飛び降りて到着する。
「まだ海棠に、説明しきれていないことがあるというのに⋯」と、彼は慌てた様子で私に駆け寄って来ると、すぐさま、早口で話し出した。
どうやら失った記憶の中に、この治熱工事における最重要事項があったようだ⋯。相変わらず整然とその仕組みの説明するが、1度見聞きしたことだからだろうか?頭の中で、明確にビジョンが描かれていくのだった。
それは―⋯螺旋の溝であったり、二重構造の魔法瓶であったり。そう、恐らく博益は⋯私が語ったのであろう現代の概念を自ずと取り込んで、巧みに織り交ぜて伝えているのだろう。その聡明さには―⋯頭が下がる思いであった。
けれど、何故であろう。
あの、冷たい空間に長くいたせいか―⋯この鐘山の熱が、より強靭に、熱風を纏っているかのように感じて。
零れ落ちて来る汗に、漠然と不安を覚える。
再インストールの完了と共に、ゆっくりと周囲を見渡していくと。
「⋯⋯なるほど―⋯」
鐘山の上空には―⋯見覚えある大きな猛禽類が、燭陰の周りをぐるぐると旋回しているではないか。
「⋯⋯シュン。愚かな⋯」
父の行く末を心配し、飛来してきたのだろう。
けれど、そもそもの熱の原因が側にいては⋯親子の情をも凌駕する熱が、世に溢れ出してしまうだろう。
そして我々が行うのは⋯永遠に続く、熱の循環。切っても切れない、親子の切ない共依存の出発点であると⋯言えるのだ。
誰も、報われぬ⋯けれど世を救う為の工事が、今始まろうとしていた。
瞬きすらできぬ―⋯北の上古神、燭陰よ。
その目でどうか、焼き付けて欲しい。力なき民が⋯その秩序に抗う姿を。
有昧后が、北の天高く―⋯その手を翳したのが合図となった。
愚強が、シュンを跳ね除けるようにして⋯燭陰の前に憚ると。その巨大な羽で―⋯灼熱の風を、一気に仰ぎ一縷の道筋をつくっていく。
その熱がまるで吸い込まれるようにして⋯青銅管の入口へと流れ込んでいくのであった。
失敗は許されぬ。
天冥と、九部の命運を背負った、未曾有の工事の―⋯幕開けだ。