海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
――キィィィィィィン……!
二重の青銅パイプの中を、燭陰の熱風が猛烈な断熱渦流となって駆け抜けていく音が、地上へと響き渡る。
パイプの内管。その内壁の螺旋が、その役割を―⋯全うしているであろうことは、一目瞭然だった。笛のような不思議な音を響かせて、それを証として披露しているようだった。
そして⋯今頃冥府には、地上の温もりがミストになって、死者の心を癒しているだろう。
排熱は順調に見えた。
あとは⋯時間との勝負だ。
私は少し安堵し―⋯、あの傀儡王が、外套を脱ぎ捨てて喜ぶ顔すらをも、思い浮かべた時だった。
パイプの入り口で、熱の僅かな漏れを誘導し凝視していた有昧后の耳が、かすかな「異音」を捉えていた。僅かに―⋯彼の表情が歪む。
――パチ、パチパチッ! ジャリ⋯
綺麗な笛の音に混ざる、不気味な高音の破裂音。それがいよいよ私の耳に届いて。
同時に―⋯それまでの乾いた熱風とは違う匂いが立ち昇ってくる。
まるでマッチを擦った時のような、火薬臭だ。
途端に、最悪のシチュエーションが、頭を過る。
「……この音⋯。流速が速すぎて中で泡が爆発してる音では? 職人さんの螺旋溝が内側から削られているのかもしれない」
愚強に、速度を落としてもらうか?
いや、高速回転させねば、そもそも渦流が発生しない。減圧せぬなら、一気に逆流し⋯燭陰もろとも、鐘山全体が―⋯いや、燭陰がこの世から消えるのならば、もはや世界が木っ端微塵だ。
私は首を振って、
「有昧后、強行突破するほかない。溝が砕け爆発するか、燭陰のオーバーヒートの限界が先か、それとも⋯排熱の完了がそれを上回るか。時間との勝負!」
さらにその直後、地上に突き出たパイプの頭が、ガタガタガタと不規則に激しく震え始めた。
今度は管の奥深くから、地鳴りのような「ゴゴゴ……ミシシシ……」という重い悲鳴が響いてくる。
鈍く歪んだ振動がダイレクトに足裏へと伝わってきたのだ。
「振動の軸がブレた⋯? 忘川の霧を通過しているあたりで、青銅が熱で柔らかくなってる?」
そうすると、何が起きるか。
(自分の重さと風圧でグニャリとひん曲がろうとしてる⋯?いわゆる、熱膨張か!)
有昧后はあくまでも冷静に、頷く。
そもそも―⋯互いに分かっていた筈だ。二重構造の外側。熱を通すそのパイプを青銅製にせざるを得なかったのは⋯そうする他なかったからだ。
製鉄技術のない時代、例え隕石から鉄を得たとしたって―⋯パイプなど作れるか?いいや、不可能だった。そもそもの量も足りやしない。
ならば⋯実際に二里頭遺跡から発見された、この時代の陶器製の排水パイプは?
これもまた、熱に強くとも強力な風圧によって木っ端微塵であっただろう。
青銅も決して熱には強くはない。長時間の高熱を通し続ければ⋯こうなることは予測できた。だからこそ、地中のパイプは土との隙間がなくなるように、ミリ単位で有昧后が調整させていた筈だ。怪我人をギブスでギチギチに固定するかのように―⋯。
「怪我人を、固定―⋯」
どうしたらいいのか。すると―⋯現場でその様子を眺めていた商の職人頭が、声を張り上げた。
「知首よ、確かに注文通り通りに鋳造した青銅パイプに違いない。だが―⋯、金属ってのは熱が入ると驚くほど弱くなる。俺たち鋳造師はそれを嫌というほど見てきた!」
(⋯⋯⋯?)
「俺たちの判断でちょっと細工させてもらった。型用の最高級の耐火泥を外に巻き、内には炭を焼き付けた。籾殻灰入りの泥はちょっとやそっとじゃ壊れない鎧に同じ」
鋳造現場で、古代の知恵と技術を⋯最大限にぶつけてくれていたってこと?
籾殻灰。つまり、その鎧の正体は⋯
耐熱性セラミック!!!
二重の青銅パイプの中を、燭陰の熱風が猛烈な断熱渦流となって駆け抜けていく音が、地上へと響き渡る。
パイプの内管。その内壁の螺旋が、その役割を―⋯全うしているであろうことは、一目瞭然だった。笛のような不思議な音を響かせて、それを証として披露しているようだった。
そして⋯今頃冥府には、地上の温もりがミストになって、死者の心を癒しているだろう。
排熱は順調に見えた。
あとは⋯時間との勝負だ。
私は少し安堵し―⋯、あの傀儡王が、外套を脱ぎ捨てて喜ぶ顔すらをも、思い浮かべた時だった。
パイプの入り口で、熱の僅かな漏れを誘導し凝視していた有昧后の耳が、かすかな「異音」を捉えていた。僅かに―⋯彼の表情が歪む。
――パチ、パチパチッ! ジャリ⋯
綺麗な笛の音に混ざる、不気味な高音の破裂音。それがいよいよ私の耳に届いて。
同時に―⋯それまでの乾いた熱風とは違う匂いが立ち昇ってくる。
まるでマッチを擦った時のような、火薬臭だ。
途端に、最悪のシチュエーションが、頭を過る。
「……この音⋯。流速が速すぎて中で泡が爆発してる音では? 職人さんの螺旋溝が内側から削られているのかもしれない」
愚強に、速度を落としてもらうか?
いや、高速回転させねば、そもそも渦流が発生しない。減圧せぬなら、一気に逆流し⋯燭陰もろとも、鐘山全体が―⋯いや、燭陰がこの世から消えるのならば、もはや世界が木っ端微塵だ。
私は首を振って、
「有昧后、強行突破するほかない。溝が砕け爆発するか、燭陰のオーバーヒートの限界が先か、それとも⋯排熱の完了がそれを上回るか。時間との勝負!」
さらにその直後、地上に突き出たパイプの頭が、ガタガタガタと不規則に激しく震え始めた。
今度は管の奥深くから、地鳴りのような「ゴゴゴ……ミシシシ……」という重い悲鳴が響いてくる。
鈍く歪んだ振動がダイレクトに足裏へと伝わってきたのだ。
「振動の軸がブレた⋯? 忘川の霧を通過しているあたりで、青銅が熱で柔らかくなってる?」
そうすると、何が起きるか。
(自分の重さと風圧でグニャリとひん曲がろうとしてる⋯?いわゆる、熱膨張か!)
有昧后はあくまでも冷静に、頷く。
そもそも―⋯互いに分かっていた筈だ。二重構造の外側。熱を通すそのパイプを青銅製にせざるを得なかったのは⋯そうする他なかったからだ。
製鉄技術のない時代、例え隕石から鉄を得たとしたって―⋯パイプなど作れるか?いいや、不可能だった。そもそもの量も足りやしない。
ならば⋯実際に二里頭遺跡から発見された、この時代の陶器製の排水パイプは?
これもまた、熱に強くとも強力な風圧によって木っ端微塵であっただろう。
青銅も決して熱には強くはない。長時間の高熱を通し続ければ⋯こうなることは予測できた。だからこそ、地中のパイプは土との隙間がなくなるように、ミリ単位で有昧后が調整させていた筈だ。怪我人をギブスでギチギチに固定するかのように―⋯。
「怪我人を、固定―⋯」
どうしたらいいのか。すると―⋯現場でその様子を眺めていた商の職人頭が、声を張り上げた。
「知首よ、確かに注文通り通りに鋳造した青銅パイプに違いない。だが―⋯、金属ってのは熱が入ると驚くほど弱くなる。俺たち鋳造師はそれを嫌というほど見てきた!」
(⋯⋯⋯?)
「俺たちの判断でちょっと細工させてもらった。型用の最高級の耐火泥を外に巻き、内には炭を焼き付けた。籾殻灰入りの泥はちょっとやそっとじゃ壊れない鎧に同じ」
鋳造現場で、古代の知恵と技術を⋯最大限にぶつけてくれていたってこと?
籾殻灰。つまり、その鎧の正体は⋯
耐熱性セラミック!!!