海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
必死に祈りながら、経過を見守っていく最中(さなか)

上空で情報の統制に務めていたはずの博益が、玄鳥従え―⋯突如、地上へと降り立ってきた。

「有昧伯、海棠。⋯これを⋯!」

博益は、いつも肌身離さず持っているあの青銅鏡を取り出すと―⋯、それが何故か禍々しくも美しい桜色の光を放っていた。

有昧では、彼と初めてあった日に⋯鸞鳥をおびき寄せるためにコレを使っていた。

ここ鐘山では、救護の要請に、悪獣の接近、川の決壊への注意箇所や不足物資の連絡⋯。まさに情報を伝える手段として、鏡がもたらす反射を利用して―⋯その方角を、光で正確に伝えていった。

その鏡面が「水面」のように激しく波打ち、そこから溢れ出た光の粒子が、私たちの目の前の空間にスッと「一枚の透明な水のスクリーン」を映し出す。

ユラユラと揺れながら映る―⋯無音の、そう⋯ホログラム映像だ。

それは⋯ここにいる誰もが見たことのない光景であった。手ぶれひとつない、あまりにも冷徹で正確なアングル。

映し出されたのは、地獄の業火でも、爆発の硝煙でもなかった。

「博益。ここ―⋯もしかして、冥界では?」

「⋯⋯おそらく」

鈍色の衣を着た男が⋯冕冠を投げ捨て、頭上を見上げている。

ゆらりとアングルが変わって。

次に映ったのは、この青銅パイプの切れ口から優しく、暖かく、世界を包み込むように降り注ぐ、春の陽だまりのような霧雨。

無音の画面の向こうで、寒氷地獄で凍りついていた何百万もの死者たちが天を仰ぎ、生前の温もりを思い出したかのように、大粒の涙を流しながら歓喜に震えている。

記憶も、自我もない筈なのに―⋯お互いを抱きしめ合って。

顔に覚えのある者もいた。

泥の石―⋯琥珀を握りしめて絶命していた、北溟軍の1人。

トリアージ黒、そう私が判断したあの者が。目を固く瞑っていたあの男が。画面の向こう側で、笑っている。

「あ⋯」

鐘山の平地。渾沌の瘴気で錯乱し、互いを傷つけ合っていた⋯有昧軍の2人。

かつての仲間同士が、まるで和解したかのように向き合って⋯目に涙を浮かべていた。

有昧后は、パイプへの対峙を続けながら⋯この映像を黙って見守っていた。霊力を使い続け、熱を受け続け⋯歯を食いしばって。

1度、ギュッと目を瞑り、数秒間。それからまた―⋯灰色の瞳は、静かに見届けるのだった。

また、アングルが変わる。

厳格な官服を着た強面の者たちが、手にした帳面をそっと閉じ、満足そうに微笑みながら、はるか上空⋯地上(こちら)を見上げている。

「十王⋯?」

冥界王こそ意外な風貌であったが、この者たちは⋯まさに威厳ある、そして眼光の鋭い鬼のような形相の裁判官そのものだ。

言葉の説明など、一文字もいらなかった。

私たちが通した「一本のパス」が、地下のすべての生命を優しく救っているという事実が、その無音の美しい映像から雄弁に伝わってくる。

映像の最後。

カメラがすうっと誰かの足元を映し、歩いていったその先で⋯それが固定された。

滝のキワに立つ翳大宰の姿が、鏡の端に小さく映り込む。

冷酷な鉄の仮面のような横顔だった大宰が、地上で戦う方国の后・浮游と、説得にあたった中原の博益と、そしてこの戦術を組み立てた⋯私にも向けているのだろうか?

無言のまま、静かに、最高級の敬意のこもった深い一礼をするのだった。

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