海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
「こっちにも輿()を!」

驍大人が指揮とり、声を上げる。

限られた資材で急造された、むき出しの、そしてあまりにも無骨な「生と死の運搬具」――それが輿だった。

泥と雨に濡れた「輿」が、ギィ、ギィ、と物悲しい音を立てて運ばれていく。その上に横たえられているのは、名もなき一人の兵士の遺体だ。まだ―⋯温もりが残っているのだろうか?降りてきた雪を―⋯寄せ付けぬとでも言わんばかりに、その身で溶かしていくのだった。

誇り高く必死に抗い、けれど力尽きた、誰かの家族であり、誰かの友であった男。

驍大人が、輿のすれ違い際に兵士の腰元に手を伸ばした。そこにあったのは、冷たくなった「青銅の薄い板」だった。震える手でそれを裏返すと、文字の書けない彼が、己の存在を証明するために不器用に刻んだ、ある紋様があった。その溝には、雨に洗われてなお鮮烈に輝く、消えない「朱砂の赤」が刷り込まれている。彼は確かにここにいて、生きて、戦ったのだ。

「この小銘牌(しょうめいはい)は―⋯⋯」

その者の名をポツリと呼んだのは、いつも冷徹で、感情を滅多に表に出さない男だった。

有昧后は紐を引き、プツリとそれを切って手に取ると。指が白くなるほどの強さでそれをぎゅっと握りしめた。

驍大人が、ぐっと何かを堪えるようにして空を見上げる。

「嫁入り前の妹が―⋯帰りを待っていたというのに」

世を守った英雄に違いない。

けれど―⋯英雄になどならなくても良かった筈なのに。

有昧后は、その小銘牌を己の懐に入れると。

北溟、有昧の両軍へと、十分に休息を取ってから、明朝よりまた復興へ向けた活動を行うよう⋯命じるのだった。

博益は、玄鳥に乗りながら⋯渡り鳥たちにその進む道を標して。空に羽ばたいていくその姿を―⋯見送っていた。

もう、上昇気流は起きていない。スチームフォグも消え去り⋯視界は良好。今度は、行き先を見失うことはないだろう。

彼は地上に降り立つと、近くの岩場に腰を掛けて⋯削刀を、握る。

カリ、カリと彼が彫る木札をチラリと覗くと。

そこには⋯シュンと思わしき者の名が刻んであった。

【鵕鳥】。

「はじめからその字を考えていたのでは?」と
尋ねるが、博益は―⋯それには答えずに。ふ、と微笑みを浮かべるのだった。

彼は、この鵕鳥の生き様を⋯

どう感じ、どう歴史に刻んでいくのであろう。

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