海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
鐘山の邑を一望できる高い崖の上は、拓けた小さな土地。我々の軍営基地を設営した場所である。
契の元へと訪れると、彼はよくやった、と言わんばかりに―⋯目尻を下げて。言葉なくとも温かく迎えてくれた。
けれど―⋯その目はすぐに深刻な眼差しへと変貌する。
「想像以上の熱波で食糧の傷みが早く、こまめに手配していたが、事情が変わった。今やこの雪だ。此度の道中は泥濘みが増し到着に時間を要するかもしれぬ」
その言葉に、この人は―⋯形ばかりの救済の手を差し伸べた訳ではない、と確信する。一切の手を緩めず、常に先々を考えて。当たり前のように、動き続けているのだ。
「冬の備えをしていねば―⋯人員にも影響が出るであろう」
急激な季節の変化は、至る場面において大きな影を落として。陽の気を纏うこの男でさえも⋯憂いを帯びた表情を浮かべていた。
鐘山は、北の果て。元来なら―⋯極寒が訪れる季節の入口であった。
「大丈夫かな⋯」
凍傷や低体温だって心配される。物流を1回動かすだけでも、ルートの途中で膨大な薪を燃やして男たちの体を温め続けなければならず、肝心の物資を運ぶためのリソース(人員や橇の積載量)が、すべて「自分たちが生きのびるための運搬」に食い潰されていく可能性も。
そのコストにおいても、彼は今や考えを巡らし計算しているのだろう。
「今度はこちらで長期保存は可能になった。1度に多くの荷を運びたいところではあるが―⋯」
「それが難しい、という訳ですね」
契と共に、食糧の在庫を確認していく。
「⋯なるほど―⋯」
一部の麻袋のその中身⋯黍や粟の、主食の穀類にカビが発生している。1度発生すれば、それはもう温床になっているということだ。
が、よく見ると、口こそ開いているものの、手つかずになっている物があった。
私は、袋の中のそれを手に取って。
指の隙間から⋯パラパラと零れ落ちる様をじっと眺める。
「契さん。これは―⋯小麦では?」
「ああ。しかし、それは⋯」
「最悪の飢饉食だ、とでも言いたげですね」
私はクスリと笑って。
この脱穀されてすらいない小麦の麻袋を抱えて立ち上がる。
「無事だった黍と粟、それから【これ】で当面しのぎましょう。安心してください。有昧はこれを決して無碍にせず極上のごちそうに変えることができます」
契の元へと訪れると、彼はよくやった、と言わんばかりに―⋯目尻を下げて。言葉なくとも温かく迎えてくれた。
けれど―⋯その目はすぐに深刻な眼差しへと変貌する。
「想像以上の熱波で食糧の傷みが早く、こまめに手配していたが、事情が変わった。今やこの雪だ。此度の道中は泥濘みが増し到着に時間を要するかもしれぬ」
その言葉に、この人は―⋯形ばかりの救済の手を差し伸べた訳ではない、と確信する。一切の手を緩めず、常に先々を考えて。当たり前のように、動き続けているのだ。
「冬の備えをしていねば―⋯人員にも影響が出るであろう」
急激な季節の変化は、至る場面において大きな影を落として。陽の気を纏うこの男でさえも⋯憂いを帯びた表情を浮かべていた。
鐘山は、北の果て。元来なら―⋯極寒が訪れる季節の入口であった。
「大丈夫かな⋯」
凍傷や低体温だって心配される。物流を1回動かすだけでも、ルートの途中で膨大な薪を燃やして男たちの体を温め続けなければならず、肝心の物資を運ぶためのリソース(人員や橇の積載量)が、すべて「自分たちが生きのびるための運搬」に食い潰されていく可能性も。
そのコストにおいても、彼は今や考えを巡らし計算しているのだろう。
「今度はこちらで長期保存は可能になった。1度に多くの荷を運びたいところではあるが―⋯」
「それが難しい、という訳ですね」
契と共に、食糧の在庫を確認していく。
「⋯なるほど―⋯」
一部の麻袋のその中身⋯黍や粟の、主食の穀類にカビが発生している。1度発生すれば、それはもう温床になっているということだ。
が、よく見ると、口こそ開いているものの、手つかずになっている物があった。
私は、袋の中のそれを手に取って。
指の隙間から⋯パラパラと零れ落ちる様をじっと眺める。
「契さん。これは―⋯小麦では?」
「ああ。しかし、それは⋯」
「最悪の飢饉食だ、とでも言いたげですね」
私はクスリと笑って。
この脱穀されてすらいない小麦の麻袋を抱えて立ち上がる。
「無事だった黍と粟、それから【これ】で当面しのぎましょう。安心してください。有昧はこれを決して無碍にせず極上のごちそうに変えることができます」