海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
沈黙が⋯続いた。浮游の横顔は、その表情1つも変わることはない。

「大業を成し遂げたっていうのに、全く」

喜ぶことも悲しむこともないだなんて。

余りに無反応であるが故、いつかのように目を開けたまま寝ているのでは?と、彼の目の前で手をひらつかせてみると。

その手はガッチリと掴まれて、アッサリと降ろされてしまう。

「起きてるなら反応くらいしてください。まあ⋯、おそらく誰よりも疲れたのでしょう?そのくらいは、理解しています。だから⋯」

私はそう言って、懐から【アレ】を取り出すと。逆に浮游の腕をしっかと掴み取って、くるりと掌を上にと返してやった。そして、その掌に【それ】を乗せると⋯

「⋯ッした!!」

渾身の、感謝の意と慰労の意。

試合終了後の挨拶さながらに、けれど全てを伝えるのは気恥ずかしいから。

選手権大会、冬の風物詩のそれのようにして⋯手短に伝えて。

彼に贈ったのだった。

浮游は無言のまま、己の手に握らされたそれを。懐紙を―⋯開いて確認するのだった。

契はああ言ってくれたが⋯自分を労ることすら知らぬこの男にこそ、これを贈りたかった。

「⋯⋯⋯」

浮游はありがとうなどとは言わない。ただじっと。その灰色の瞳で⋯峻烈な眼差しを向けている。

(浮游は相手の心を読もうとするときに、こういう目つきになりがちだ)

けれど―⋯他意もなく、純粋な気持ちだ。やましくもなんともない。

真っ向から受け止めてやろう、と、カッと目を見開いたそのタイミングで、浮游は石鹸へと目を移した。

どうやら―⋯気づいたらしい。

その、めずらしい一片に。

そう。石鹸を作る過程で、私の肩に落ちて来たあの【花びら】を―⋯密かに入れていたのだ。

両者共に、この花びらのことには触れずに。私たちは―⋯黙って前へと向き直していた。

鐘山の男たちであろうか⋯?火を囲い死者を弔うその鎮魂歌が止むことなく、やがて私たちの耳にも届いてきた。

私は目を瞑り―⋯名も知らぬ英雄たちへと、思いを馳せるのであった。

< 194 / 213 >

この作品をシェア

pagetop