海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
浮游が軍営基地へと連れて来た、ボロボロの衣を纏った老人は、まるで物見遊山気分で気ままに散歩しているかのようにも見えた。

海棠がいる天幕には寄らずに、軍営の外の至る所―⋯その細部までもを、曲がったその腰で歩き見て回るのであった。

手を体の後ろに組み、のそり、のそりと、けれどその一歩一歩に宿る妙な気迫に⋯遠巻きに、契や驍大人は好奇の目で見つめるのだった。

「驍大人よ。アレは有昧伯の知り合いか?なぜ腰の曲がった老人を?」

「さて⋯な」

ふとその老人と目と目が合った。

「これは何であるのか?」

老人は石鹸を指摘する。

「⋯あらゆる汚れを削ぎ落とし、邪疾(じゃしつ)を払う薬にございます」

するとこの老人。契がそう伝え終わるか終わらないかのうちに、なんの躊躇もすることなく、鍋へと指を突っ込み⋯ぱくりと口へと含んだではないか!

「それは!⋯(食するものではないというのに)」

けれど契は、口を噤む。

「⋯灰汁に、油⋯それから、塩であるな」

「⋯⋯!!」

瞬時にその素材を見抜いた老人は、今度はむっしゃむっしゃと茶の葉のような物を啄んでは。

「興味深い。その者、中を案内せよ」と、当たり前のように命令するのであった。

それは⋯とても妙で、不気味な光景であった。

その老人は、軍営の隅に無造作に置かれた麻袋の中身を確認しては、カビの生えた黍や粟をも口に放り投げて。ぽり、ぽり、と噛み砕いていく。

ゴクリと喉を通す音を響かせたかと思えば、懐の隙間から垣間見える透けた身体が、その効能をまるで示すかのように―⋯液体を蠢かすのだ。

「ふむ。このカビの性質は、傷口の化膿を止める『特効薬』に成り得る。よくぞ捨てずに取っておいた。この老いぼれに後で譲るがよい」

などと豪語して、また葉を食べる。

うどん用の汁の香りに誘われ厨房へと向かうと―⋯。

まだ生地である麺を食し、スープを食し、満足気にニヤリと微笑む。粉になった小麦粉をサラサラと―⋯手から零れ落としながら。

そして、あの石蜜と塩を配合した経口補助液を一気に飲み干すと。

「理にかなっている。【枯木逢春】⋯その真髄を一体誰が―⋯?」

驚いたかのように、目を見開くのであった。

そうして、いよいよ海棠と浮游とが待つ天幕に手をかけ足を踏み入れた時だった。

ふわりと漂う蒸気に、ちょうど目の前にいた福を、瞬時に捕まえて―⋯

「なぜ蓬を煮ている?」と尋ねた。

「え?海棠が、この蒸気が喉を守るって言ってたから。⋯爺さんがもしかして有昧后が連れて来た太医(たいい)ですか?早く海棠を診てやってください」

「⋯⋯【海棠】?すると、薬堂にも勝るかような基地を取り仕切るのは、その者であったか」

「⋯?いいから、早く―⋯!病状が悪化しています」

ぐい、ぐいと袖を引っ張る福。

「まさに⋯春の花が待っているとは。いやはや、何たる由縁」

はだけた仙人の衣の隙間から、透明な体と、剥き出しになった(はらわた)が覗いていた。けれども、そんな異様な姿に福は気づくことなく、強引に⋯引き入れていくのだった。

「俺は白湯を持ってくる。さあ、早く行って」
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