海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
そこには、とどまることのない熱に、苦しそうにうなされた、ただの人間の少女が横たわっていた。
けれども老仙人は、再び目を見開いて―⋯ここにいる男たち、浮游、そして博益を交互に見渡した。
「なぜここに、玄女が?」
「「⋯⋯!!」」
「何故、かの戦神が病に倒れるのか」
浮游と博益は同時に目を合わせて。
それから⋯ぐっと息を飲み込んだ。
「⋯⋯。まあ、よい」
老仙人はふっと息を吐いて、すぐさま海棠の脈を診るなり首を―⋯横に振るのだった。
「印振るえん座、か。無念であろう。かような弱き身体では座を守れぬと言うのだな?この傷寒はお前さんの喉と血の中で、爆発のようにつむじ風を巻いて数を増やしておる。この気質は―⋯北の神の不周風の仕業であろう。有昧伯よ、英断であった。意識がかように混濁しているのは、運悪く邪熱がすでに泥丸(※脳のこと)の奥深くまで侵入し、魂を焼き切ろうとしているその前兆である。幻覚でも見ているのやもしれぬ。あと半刻処置が遅れていれば、熱で魂の器⋯泥丸が壊れ、一生目覚めぬか、命を落としていたところだ」
博益は―⋯己の身体の脇にだらんと下げたその手を、ギュッと握り締めていた。
白湯を持ってやって来た福は、手を滑らせて⋯その器を、地面へと落とすと。
「死ぬのか?海棠は―⋯死ぬのか?!」と、仙人に詰め寄って胸ぐらを掴むのだった。
福の頭には、角のような【耳】がせり出して。その焦燥感を―⋯小さな身体いっぱいに露呈させていた。
「慌てるでない。そなたは―⋯【狡】であるな?慕っていたゆえ、今もなおこうして寄り添っているとは」
「⋯⋯?」
「案ずるな。我が威信をかけて、命を救おう」
契と驍は、天幕の外からこの顛末を眺めて⋯そこで、膝を打つのだった。
「この世のどこかに、どんな大病でも治す薬堂があると噂されている。その者は、自分の身で百草を食し、今もなお調合を重ね大疫の気配に備えていると聞くが、まさか―⋯」
「待て、若様よ。誰も知らぬ場所にいる誰も正体を知らぬ者だぞ?」
老仙人は、海棠の胸元―⋯その心の臓に手を翳す。心音を確認していた彼の表情が一瞬、凍りついたかのように―⋯時を止めている。
海棠の胸元にある、あの傷跡を見つけたのだ。
「この傷は?」
「かつて人間界にいた時に、何者かに刺された―⋯その跡だ」
仙人は切れ長の目を細め、白い髭を静かに震わせる。
「ほう⋯。この抉られた肉の形。骨を砕いた、独特な三稜の突き傷。……間違いない。かの錆びた大斧―⋯戚の槍先だ」
その言葉に、浮游の眉が僅かに動く。
博益は、チラリと横目で浮游の顔を覗き見ていた。
「ひとたまりもなかってであろう。一体誰が治療をし⋯⋯。⋯ああ、聞くまでもないか」
けれども老仙人は、再び目を見開いて―⋯ここにいる男たち、浮游、そして博益を交互に見渡した。
「なぜここに、玄女が?」
「「⋯⋯!!」」
「何故、かの戦神が病に倒れるのか」
浮游と博益は同時に目を合わせて。
それから⋯ぐっと息を飲み込んだ。
「⋯⋯。まあ、よい」
老仙人はふっと息を吐いて、すぐさま海棠の脈を診るなり首を―⋯横に振るのだった。
「印振るえん座、か。無念であろう。かような弱き身体では座を守れぬと言うのだな?この傷寒はお前さんの喉と血の中で、爆発のようにつむじ風を巻いて数を増やしておる。この気質は―⋯北の神の不周風の仕業であろう。有昧伯よ、英断であった。意識がかように混濁しているのは、運悪く邪熱がすでに泥丸(※脳のこと)の奥深くまで侵入し、魂を焼き切ろうとしているその前兆である。幻覚でも見ているのやもしれぬ。あと半刻処置が遅れていれば、熱で魂の器⋯泥丸が壊れ、一生目覚めぬか、命を落としていたところだ」
博益は―⋯己の身体の脇にだらんと下げたその手を、ギュッと握り締めていた。
白湯を持ってやって来た福は、手を滑らせて⋯その器を、地面へと落とすと。
「死ぬのか?海棠は―⋯死ぬのか?!」と、仙人に詰め寄って胸ぐらを掴むのだった。
福の頭には、角のような【耳】がせり出して。その焦燥感を―⋯小さな身体いっぱいに露呈させていた。
「慌てるでない。そなたは―⋯【狡】であるな?慕っていたゆえ、今もなおこうして寄り添っているとは」
「⋯⋯?」
「案ずるな。我が威信をかけて、命を救おう」
契と驍は、天幕の外からこの顛末を眺めて⋯そこで、膝を打つのだった。
「この世のどこかに、どんな大病でも治す薬堂があると噂されている。その者は、自分の身で百草を食し、今もなお調合を重ね大疫の気配に備えていると聞くが、まさか―⋯」
「待て、若様よ。誰も知らぬ場所にいる誰も正体を知らぬ者だぞ?」
老仙人は、海棠の胸元―⋯その心の臓に手を翳す。心音を確認していた彼の表情が一瞬、凍りついたかのように―⋯時を止めている。
海棠の胸元にある、あの傷跡を見つけたのだ。
「この傷は?」
「かつて人間界にいた時に、何者かに刺された―⋯その跡だ」
仙人は切れ長の目を細め、白い髭を静かに震わせる。
「ほう⋯。この抉られた肉の形。骨を砕いた、独特な三稜の突き傷。……間違いない。かの錆びた大斧―⋯戚の槍先だ」
その言葉に、浮游の眉が僅かに動く。
博益は、チラリと横目で浮游の顔を覗き見ていた。
「ひとたまりもなかってであろう。一体誰が治療をし⋯⋯。⋯ああ、聞くまでもないか」