海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
老仙人は徐にその傷跡に手をあてながら⋯同じその場所に、静かに印を刻む。

「この者には、その辺の薬草では効かぬであろう。それくらいの刺激を与えねば。この体内で、見えぬ邪が猛烈に暴れて限界を迎えておる。我が領域に自生するこの『麻黄(まおう)』の原液に、希少な『烏犀角(うさいかく)』を砕き加えすり潰す。我が調合し煎じよう。喉の奥へ流し込めれば、内側から爆発的な熱が巡り、皮膚が開いて汗が噴き出す。心臓が跳ね上がる強い作用ゆえ、烏犀角で泥丸と血液から熱の毒を直接凍りつかせる。外と内から同時に熱を挟み撃ちにするのだ」

老仙人が煎じたのは、それはそれはおぞましく黒い、劇薬であった。

大釜でドロドロに煎じ詰めるたソレが、硫黄のような、濃厚な獣の体臭のような、その生臭さと、血液のような重苦しいアクの強烈な香りとを部屋中に充満させていた。

彼は、警告する。

「意識混濁する者の喉は、本能の自己防衛で固く閉ざされている。無理に流せば、誤嚥して窒息を招くだろう。いや、例え意識があろうと⋯拒絶しかねん。受け入れるのか否かで、命運は決まるであろう」

博益は⋯ハッと息を飲んで。

福は、「そんな⋯」と小さく呟く。

天幕の外では、契が「麻黄は、季節の揺り返しに備え此度の兵站で運び込む予定ではあったが―⋯それでは効かぬというのだな」と、天を仰いで、驍大人は無言のまま⋯そこに立ち尽くしていた。

その中でたった1人。浮游だけは―⋯真っすぐに、老仙人の瞳をじっと見据えていた。

「心配召されるな。この者なら、必ずや飲み干すことができる。私が保証しよう」

そう告げた【有昧伯】の声は、冷徹で冷たくも聞こえる低い声であった。

けれども⋯老仙人には、絶対に揺らがない王の声音として耳に届いていた。

その声の裏にある「覚悟」を感じ取ったからこそ、「しっかりと身体を支え、1滴たりとも漏らすでないぞ」と厳しく釘を刺しつつ⋯この男に全てを委ねる決心をするのであった。


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