海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
玄女は、その鋭い視線に晒されても―⋯怯むことはない。ただ、興味があった。感情を排する者が、ここで立ち止まって花を見上げる。そんなことがあるのか―⋯、と。

「その者。何かを探しているようだが、申してみよ」

話に聞く厳格な守護神がどんな者なのか、試す意味もあった。

一方の陸吾は、表情のひとつも動かさぬまま⋯玄女に宿る神格を、その正体を射貫こうとしていた。

が―⋯。地上を眺め、全てを俯瞰していた玄女の方に分があった。

「あそこにいる者の気を惹きたいのであれば、音楽を奏でよ」と、より多く木が生い茂る森の方へと指をさし啓示する。

彼女には【見えて】いたのだ。

仙女らが奏でる琴の音に、ひっそりと耳を傾けている男が⋯いることを。男がうっかり姿を現すのも無理はない。仙女は、音律を使って大自然の陰陽のバランスをコントロールする高度な修練を行なっている。その、自然との調和に⋯音楽を愛する者が、惹かれないわけない。

そして彼女は【知って】もいたのだ。かつて天下を争った始祖、炎帝と黄帝。その、中原の祖神とも言える黄帝に、彼女は夔牛の皮で太鼓を作るよう知恵を授けたことがあった。それは⋯世を脅かす者を退ける轟音となり、体制は逆転。その夔牛は当時東海の流波山いたのであるが⋯ここ、女几山にも生息している。そしてその夔牛の群の中に隠れるようにして、その男は過ごしていたのだ。男の祖は、夔牛でありその系譜の者なのだろう。

神の加護になった存在であった。陸吾が探すのも、納得できる。

陸吾に音楽の才がないことくらいは見通していた。無理矢理捕まえるのか、それとも知略を巡らせるのか。戦神である彼女にとっては、その戦略の行先こそが興味の対象である。

「そう思うのであれば、奏でてみよ」

陸吾が返した言葉は、意外なものであった。

意図がまるで⋯読めなかった。意趣返しなのか、そうでないのか、彼女のことを知ってそう言っているのか、そうでないのか。

「なぜ私が?」

「本当に現れるのか―⋯やってみればよい」

「⋯⋯⋯」

見当違いだったのか、それとも―⋯騙しているのか。まるでどうでもいいことであるかのように、言い放つのだった。

優位に立っていたと思っていた立場が、音を立てて崩れていく。

陸吾が崑崙を離れ動いているのなら、それは―⋯天の意思であろう。意図は分からずとも、争うことは決して賢明ではない。

玄女は瞬時にそう判断し、挑発にも近い陸吾の言葉を半ば受け止める形で⋯自ら琴を奏でた。すると―⋯その旋律に合わさるようにして、もう一つの音色が空に響き渡ってきた。

見事なまでの、協奏。姿なき奏者は―⋯挑むようにして、その腕を試しているかのようだった。

そして。それに誘われるかのようにしてやって来たのは、あの男ではなかった。大空に羽ばたく、五色の鳥⋯(しゅく)

探し求めていた鳥が、憂いを取り除くという高貴な者が、悠々と⋯頭上を飛び交うのだった。

彼女は、その空を見上げながら

「⋯⋯憂いの種を蒔かれた気分だけど。⋯全く、仕様もないな」と、ぽつりと呟くのだった。


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