海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
さて、九天玄女は陸吾と出会い、その端正なる佇まいと聡明さにある意味で心を奪われていた。
けれど⋯戦神として、その感情を表に出すことも行動に移すことも一切ない。ただただ悠々自適に、世の正義を見守るだけであった。
時代は流れ⋯天下がひとつの時代を終えようとする頃。禹が治水事業に精を出し、家族を顧みないほどの働きぶりを見せていた。最前線の開拓者として、博益が。内政と兵站の最高責任者として契が、禹の双璧としてそれぞれに力を尽くしていく様を⋯彼女は見守っていた。そして、民を救うために泥まみれで戦う禹と、臣下たちの魂の輝きを認め、彼の味方になることを決めたのだった。
力になるべく、様々な形で彼女は禹を導いていった。
そんな禹には対峙しなければならない問題があった。荒ぶる水神―⋯共工や臣下の相柳のことだ。
どちらが正しく、そしてどちらに正義を見るのか―⋯。共工は治水と農業の基礎を築いた実力者であり功労者とも言えた。多くの民を救った事実もある。玄女には、彼らが進めた治水はどちらの方法も必要であり、いずれ世の土台になることは見えていたのだ。これは、権力争いでも⋯あった。手出しを控え、静観することを選んだものの、天は―⋯禹に正義を見出だしていた。
ところが、討伐を任された筈の陸吾の不穏な行動を、玄女は目にしてしまう。姿形を変えて、共工と相柳の軍を必死に説得する⋯冷静な男の別の一面に、驚きを禁じ得ない。何度も撤退を促し⋯逃がそうと。その行動に、禹を裏切る意図はない。帰順させようと、奔走しているのだ。
胸が痛む思いであった。
天命に逆らってまで、両者の味方をし、両者を敵に回すような行動は。その者が持つ真なる良心に従ったものだろう。
玄女は―⋯その時。
自分でも信じられない行動に出る。己が持つ、双鏡の片割れを、陸吾の目の前に落として。もう一方で、軍の動向を映し出して⋯禹の視線から逃れる為の一手を⋯打ったのだった。
けれど⋯無情にも、その時間稼ぎを逆手に取られて、策講じる為の時間として利用されてしまう。結局禹の手によって2人は討伐されたのだった。
その戦った地は、相柳の毒に侵され⋯植物も育たぬ禁足地となる。
さぞ無念であったであろう。陸吾は戦いの直後に⋯1度だけその禁足地を訪れていた。彼には、相柳の毒が効くことはない。沼地となったそこに小石を投げ入れて⋯沼の中に相柳の積石(墓)を作っていった。厳格な男が初めて見せる、哀に満ちた後ろ姿であった。
やがてその地は、禹の指示によって埋め立てられて、神々を祀る場となった。
けれど⋯戦神として、その感情を表に出すことも行動に移すことも一切ない。ただただ悠々自適に、世の正義を見守るだけであった。
時代は流れ⋯天下がひとつの時代を終えようとする頃。禹が治水事業に精を出し、家族を顧みないほどの働きぶりを見せていた。最前線の開拓者として、博益が。内政と兵站の最高責任者として契が、禹の双璧としてそれぞれに力を尽くしていく様を⋯彼女は見守っていた。そして、民を救うために泥まみれで戦う禹と、臣下たちの魂の輝きを認め、彼の味方になることを決めたのだった。
力になるべく、様々な形で彼女は禹を導いていった。
そんな禹には対峙しなければならない問題があった。荒ぶる水神―⋯共工や臣下の相柳のことだ。
どちらが正しく、そしてどちらに正義を見るのか―⋯。共工は治水と農業の基礎を築いた実力者であり功労者とも言えた。多くの民を救った事実もある。玄女には、彼らが進めた治水はどちらの方法も必要であり、いずれ世の土台になることは見えていたのだ。これは、権力争いでも⋯あった。手出しを控え、静観することを選んだものの、天は―⋯禹に正義を見出だしていた。
ところが、討伐を任された筈の陸吾の不穏な行動を、玄女は目にしてしまう。姿形を変えて、共工と相柳の軍を必死に説得する⋯冷静な男の別の一面に、驚きを禁じ得ない。何度も撤退を促し⋯逃がそうと。その行動に、禹を裏切る意図はない。帰順させようと、奔走しているのだ。
胸が痛む思いであった。
天命に逆らってまで、両者の味方をし、両者を敵に回すような行動は。その者が持つ真なる良心に従ったものだろう。
玄女は―⋯その時。
自分でも信じられない行動に出る。己が持つ、双鏡の片割れを、陸吾の目の前に落として。もう一方で、軍の動向を映し出して⋯禹の視線から逃れる為の一手を⋯打ったのだった。
けれど⋯無情にも、その時間稼ぎを逆手に取られて、策講じる為の時間として利用されてしまう。結局禹の手によって2人は討伐されたのだった。
その戦った地は、相柳の毒に侵され⋯植物も育たぬ禁足地となる。
さぞ無念であったであろう。陸吾は戦いの直後に⋯1度だけその禁足地を訪れていた。彼には、相柳の毒が効くことはない。沼地となったそこに小石を投げ入れて⋯沼の中に相柳の積石(墓)を作っていった。厳格な男が初めて見せる、哀に満ちた後ろ姿であった。
やがてその地は、禹の指示によって埋め立てられて、神々を祀る場となった。