海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
不意に流れる汗を、つい血みどろになった手で―⋯拭ってしまう。
ぬるりとした感覚が襲ってきたが、もはや衣服だって血だらけだ。
福は背筋が凍る思いでもしているのか?
そんな私の姿を見て「ひゃあっ」っと叫んじゃってる。
さて。
緊張も和らぎ―⋯ちょうどお腹も空いてきた。
この場で食そう、と福に提案したけれど―⋯血抜きや捌く方法が、わからない。
「福、知ってるでしょう?」と懇願するけれど、ブンブンと首を振るばかりだった。
(知らないふり―⋯だろうな)
敢えてそこにツッコミはしないでおいた。
私たちは、用意していた麻紐で、拾ってきた樫の棒へと猪の足をくくりつけると―⋯、えいほえいほといよいよ運び出す。
「えいほ、えいほ⋯」
そう声を上げながら―⋯頭をフル回転させていた。
どうすれば―⋯自分の有益になるのか。実利を考慮せねば。
「えいほ、えいほ」
(皆と分けることで民心を得ることができる。それに―⋯男に負けない腕っぷしが噂にもなるだろう、)
「えっほ、えっほ」
(プロに任せた方が一切の無駄もなく、欲しているものも容易に手に入るだろう)
「よいしょ、そーれ」
(民と交渉する機会が得られる。これは―⋯大きいぞ)
そうしてやって来たのは、ごく普通の民家であった。
中から出てきたのは―⋯無精髭の生えた、ちょっと気怠そうなオッサン。
ガタイのいい大きな身体をゆるりふらりと揺らしながら、頭を掻いて―⋯血だらけの私と、立派な猪とを交互に見つめている。
「⋯⋯⋯」
早口で経緯を説明し交渉していく福と、黙って任せる私との対比を笑い飛ばして、男は猪の解体を快諾してくれた。
この男、名前は驍という。
母親とこの民家で2人暮らしをしている、と教えてくれた。その衣はみすぼらしく―⋯だらしなく着崩していたけれど。
気概ある力強い瞳。
タコのある、ゴツゴツとした武骨な手。
その大きな手で握る刀は、一気に肉を断つほどの―⋯威力。
そして、彼が用意した盤と呼ばれる調理器具は―⋯青銅で作られ、緻密な雷紋が刻まれていた。
有昧后の部下である福が、信頼なき者の元へ連れて来ることはないであろう。
この、風来坊のようでいて、気のいいこの驍とは息ぴったりと合った。
チラ見する福をよそに、ここぞとばかりに、捌き方を学んでいったのだった。
「そなたのような女子は初めてだ。我が倅にならんか?」
「嫌ですよ。貴方の息子になったら、狩猟生活が目に見えますもん」
「⋯⋯間違いねえ〜」
ガハハ、と笑うこの豪快さが―⋯たまらなく好きだった。
ぬるりとした感覚が襲ってきたが、もはや衣服だって血だらけだ。
福は背筋が凍る思いでもしているのか?
そんな私の姿を見て「ひゃあっ」っと叫んじゃってる。
さて。
緊張も和らぎ―⋯ちょうどお腹も空いてきた。
この場で食そう、と福に提案したけれど―⋯血抜きや捌く方法が、わからない。
「福、知ってるでしょう?」と懇願するけれど、ブンブンと首を振るばかりだった。
(知らないふり―⋯だろうな)
敢えてそこにツッコミはしないでおいた。
私たちは、用意していた麻紐で、拾ってきた樫の棒へと猪の足をくくりつけると―⋯、えいほえいほといよいよ運び出す。
「えいほ、えいほ⋯」
そう声を上げながら―⋯頭をフル回転させていた。
どうすれば―⋯自分の有益になるのか。実利を考慮せねば。
「えいほ、えいほ」
(皆と分けることで民心を得ることができる。それに―⋯男に負けない腕っぷしが噂にもなるだろう、)
「えっほ、えっほ」
(プロに任せた方が一切の無駄もなく、欲しているものも容易に手に入るだろう)
「よいしょ、そーれ」
(民と交渉する機会が得られる。これは―⋯大きいぞ)
そうしてやって来たのは、ごく普通の民家であった。
中から出てきたのは―⋯無精髭の生えた、ちょっと気怠そうなオッサン。
ガタイのいい大きな身体をゆるりふらりと揺らしながら、頭を掻いて―⋯血だらけの私と、立派な猪とを交互に見つめている。
「⋯⋯⋯」
早口で経緯を説明し交渉していく福と、黙って任せる私との対比を笑い飛ばして、男は猪の解体を快諾してくれた。
この男、名前は驍という。
母親とこの民家で2人暮らしをしている、と教えてくれた。その衣はみすぼらしく―⋯だらしなく着崩していたけれど。
気概ある力強い瞳。
タコのある、ゴツゴツとした武骨な手。
その大きな手で握る刀は、一気に肉を断つほどの―⋯威力。
そして、彼が用意した盤と呼ばれる調理器具は―⋯青銅で作られ、緻密な雷紋が刻まれていた。
有昧后の部下である福が、信頼なき者の元へ連れて来ることはないであろう。
この、風来坊のようでいて、気のいいこの驍とは息ぴったりと合った。
チラ見する福をよそに、ここぞとばかりに、捌き方を学んでいったのだった。
「そなたのような女子は初めてだ。我が倅にならんか?」
「嫌ですよ。貴方の息子になったら、狩猟生活が目に見えますもん」
「⋯⋯間違いねえ〜」
ガハハ、と笑うこの豪快さが―⋯たまらなく好きだった。