海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
捌いた肉を小分けにして、集まってきた近所の人へと手渡していく。

「さて―⋯、と。そろそろお借りしても?」

私の目的は、民心を掴むことだけでは―⋯もちろんない。
そう、この青銅の盤を使って―⋯夏王朝時代にはなかった調理方法で、自身の料理の腕前を振るう。

何故かって?
茹でる、蒸すだけの淡白な味にやや飽きてきたところだった。
肉が欲しかったことは言うまでもなくだが―⋯一番欲していたのは、油だ。油があれば―⋯炒める、揚げる調理が可能になり、一気に食のバリエーションが増える。

つまり⋯
ラードのゲットが最大目的。

早速盤を熱して、脂身を入れる。
ずっと気になっていた野蒜を⋯ニンニク代わりに使おう。

頃合いを見て、1度取り出して⋯肉を投入。

野蒜の香りが―⋯食欲をそそる。


気分が乗りに乗ってきた時だった。

「か、海棠。今すぐその場を離れて逃げろ⋯」

近くにいたはずの福が、突如声震わせて⋯ゆっくり後ずさりしている。

「⋯⋯え?」

ふと視界の端で、空から一筋の青い影が⋯降り立ってきたのが見えた。

一羽の―⋯鳥。
身体は青く、翼には炎のような赤い斑紋。一本足しかないその妙な鳥は、首を傾げ、青銅の盤を見つめている。

「何をしている!その鳥が鳴けば、盤どころか家も人もすべてが灰と化すぞ!ホラ、皆すぐに退避せよ」
今度は驍が大声で叫びー⋯、民衆が一斉に走り出す。

畢方(ひっぽう)だ!!逃げろ!」


「⋯⋯⋯」
私は淡々と料理を続ける。


「何を馬鹿なことを―⋯。迷信や呪術だの信じる時代だから仕方ないだろうけど」

そして、鳥に向かって問いかける。

「食材焦がして無駄にできないでしょう。ね?人間だって、鳥だって食わねば生きていけないんだから⋯。ねえ!騒がないで。見て、何も悪さなどしていないじゃない」

自分でも謎の冷静さを保ったまま、盤の上で跳ねたラードの欠片を鳥に差し出してみた。

「ヒッポウって名前なの?―⋯ほら、どうぞ」
果たして、食べるだろうか?

鳥はそれを一飲みにすると、満足げに喉を鳴らし、釜の火をさらに激しく、しかし一定の温度で燃え上がらせる。
いや、この者の仕業とは限らないけれど―⋯。

「本場中国料理って感じが出てきた!」

福も、驍も、訪れた者達も皆―⋯呆れてるのだろうか?遠巻きのまま、動向を見つめていた。

ふとその遠巻きに。
そのガヤガヤとした民衆騒ぎの中で1人の男と―⋯目が合った。

皆のハラハラするような視線とは、全く別のものだった。

傘から覗く―⋯涼しく凛々しい目元が、鋭く私の姿を捉えている。

ピッ、ポゥ!

畢方が高く鳴き、貯蔵庫の窓から青白い火花が夜の闇に散る。
その鳴き声に含まれるのは―⋯『親愛』の情にも思えて、思わず目を見開いた。

男の口元が―⋯何かを語っている。

(なんて―⋯言ってる?)

が、穏やかな空気が一変。ボウッと火があがり―⋯一気に焦りへと変貌していく。
「火力が強すぎ! ヒッポウ、オフサイド気味だよ!」


焦りながらも、チラリとあの男へと目をやると―⋯
男は傘をくいっと上げて。
僅かに―⋯笑みを浮かべていた。


そして―⋯踵を返すと、ゆっくりとその場を去ったのだった。
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