海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜

第8話 湖上の知音 ― 酌み交わした約束―

気づけば、矢を放ったあの男が⋯目の前に降り立ち、私の顔を覗き込んでいた。

黒い髪⋯。
涼しく、憂い帯びた優しい目元。


帝江(ていこう)。ここに居てはいけない。⋯帰るんだ」

男はふと視線を逸らして、怪物を諭すように⋯声をかける。
物腰の柔らかい物言いだ。

するとどうだ?
帝江(ていこう)と呼ばれたその怪物は、ゆっくりとその巨体を動かして⋯男に背を向けると、ゆっくり、一歩、歩み始めたのだった。

「⋯テイコウは、人の声が聞こえるの?」

寝そべったまま、男に問うてみる。

「わからない。だが、まるで理解しているように⋯感覚で生きる者です」
そう言って見送るこの男は⋯ただただ純粋で、曇りなき瞳を向けている。

私はむくり、と起き上がって「⋯ねえ、テイコウ!」と、試しに⋯声を掛けてみる。

帝江は、振り返ることはない。
首がないから⋯足の向きで、それを理解する。
丸まった尻がふる、ふると揺れて。短い尻尾が⋯愛らしかった。

「テイコウ、今度遭ったら、目と鼻と口を描こう。そうしたら、もっと楽しい時間を過ごせるのでは?」

帝江がピタリと足を止める。

「聞こえたのかな?」と、少しワクワクして、反応を見守る。

⋯が、振り返ったと思ったその身体は、自分の尻の尻尾を追いかけるように⋯ぐるぐるとその場を回り始めるのであった。


「は⋯、ハハハッ⋯!」
滑稽だけれど憎めない。そんな怪物との不思議な出会いに。

私はこの世界に来て、初めて声を上げて⋯笑ったのだった。


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