海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
ひとまず福を追いやって、岩の寝床に転がる彼女と二人きりになる。
いつものように、彼女の額に容赦なく指先を突き立て、自身の真気を体内へ直接送り込んだ。昏く、しかし底の知れない強大な「気」。
奔流となって流れ込む、その一撃のような衝撃に、彼女の華奢な身体がびくりと跳ね上がる。
彼が送り込んだ異質な力は、致命傷によって完全に堰き止められていた女の経絡を、暴力的なまでの力でこじ開けていくのだ。
流れ込んだその力は、冷え切った四肢を巡り、脆弱な鼓動が――ドクン、ドクンと音を立てて。
その度に、彼女はまるで嫌がるかのようにして、身を捩らせるのだった。
おまけに、こともあろうか⋯
「不味い」とポツリ、と声を漏らしたのだからたまったものじゃない。
これまで一言も口を利いて来なかった彼もまた、「面倒だ」と言葉を漏らす。
するとまたまた⋯。
「舌は抜かないでください」などと⋯戯言を言う。
一体どんな夢を見ているのか⋯?額に手を翳し、その光景を覗き見る。
魑魅魍魎な⋯獄炎の世界。
煮えたぎった血の羹を繰り返し何度も飲まされ、鬼のようなボサボサ髪の大男が⋯残酷に笑う。
彼女は何度も地に頭をつけて、男へと懇願している。やめてくれ、やめてくれと。
それでもやはり、夢は夢なのであろう。
とやかくいい訳をし、媚を売って、情けないほどに狡猾に⋯許しを乞う。舌を抜くな、との要求は⋯この男への、切なる願いだ。
完全にコメディーと化している世界。
それにしても⋯、だ。このような目に遭ってもなお、夢の中でさえ泣くことも、怖がることもないとは。
彼は手を離して⋯わずかに息を整える素振りを見せたが、その表情には微塵の疲弊もなかった。本来、死に瀕した人間をこの世に繋ぎ止めるなど、並の妖族であれば内丹を半分損なうほどの禁忌である。しかし、彼はただ「厄介な生捕りを得た」とでも言うように、冷淡に女を見下ろしているだけだった。
それから、袖からあるものを取り出して。
それと、彼女とを交互に見てから⋯一息ついた。
彼の手に握られているのは、凍りつき霜がついた⋯花であった。
【海棠】。彼女にそう命名した、その起因となった枝木だ。
洞窟に連れて来て暫く、彼女はこれを離そうとしなかった。強い思い入れでもあるのか、硬直して⋯ただ取れないだけだったのか。福の話だけでは、何のヒントにもなり得ず⋯。
仕方なくとっておいたものだった。
「⋯⋯⋯」
ふと気づけば⋯夢の中での姿と、現実の彼女とに⋯小さな相違が生まれていた。
彼女の右の目から、たったのひと粒。
頬に伝って流れてくるものが⋯あったのだ。
有昧后は、恐る恐る⋯手を伸ばして。
人差し指でそっと彼女の頬に触れると⋯、その涙をすくい取る。
いつものように、彼女の額に容赦なく指先を突き立て、自身の真気を体内へ直接送り込んだ。昏く、しかし底の知れない強大な「気」。
奔流となって流れ込む、その一撃のような衝撃に、彼女の華奢な身体がびくりと跳ね上がる。
彼が送り込んだ異質な力は、致命傷によって完全に堰き止められていた女の経絡を、暴力的なまでの力でこじ開けていくのだ。
流れ込んだその力は、冷え切った四肢を巡り、脆弱な鼓動が――ドクン、ドクンと音を立てて。
その度に、彼女はまるで嫌がるかのようにして、身を捩らせるのだった。
おまけに、こともあろうか⋯
「不味い」とポツリ、と声を漏らしたのだからたまったものじゃない。
これまで一言も口を利いて来なかった彼もまた、「面倒だ」と言葉を漏らす。
するとまたまた⋯。
「舌は抜かないでください」などと⋯戯言を言う。
一体どんな夢を見ているのか⋯?額に手を翳し、その光景を覗き見る。
魑魅魍魎な⋯獄炎の世界。
煮えたぎった血の羹を繰り返し何度も飲まされ、鬼のようなボサボサ髪の大男が⋯残酷に笑う。
彼女は何度も地に頭をつけて、男へと懇願している。やめてくれ、やめてくれと。
それでもやはり、夢は夢なのであろう。
とやかくいい訳をし、媚を売って、情けないほどに狡猾に⋯許しを乞う。舌を抜くな、との要求は⋯この男への、切なる願いだ。
完全にコメディーと化している世界。
それにしても⋯、だ。このような目に遭ってもなお、夢の中でさえ泣くことも、怖がることもないとは。
彼は手を離して⋯わずかに息を整える素振りを見せたが、その表情には微塵の疲弊もなかった。本来、死に瀕した人間をこの世に繋ぎ止めるなど、並の妖族であれば内丹を半分損なうほどの禁忌である。しかし、彼はただ「厄介な生捕りを得た」とでも言うように、冷淡に女を見下ろしているだけだった。
それから、袖からあるものを取り出して。
それと、彼女とを交互に見てから⋯一息ついた。
彼の手に握られているのは、凍りつき霜がついた⋯花であった。
【海棠】。彼女にそう命名した、その起因となった枝木だ。
洞窟に連れて来て暫く、彼女はこれを離そうとしなかった。強い思い入れでもあるのか、硬直して⋯ただ取れないだけだったのか。福の話だけでは、何のヒントにもなり得ず⋯。
仕方なくとっておいたものだった。
「⋯⋯⋯」
ふと気づけば⋯夢の中での姿と、現実の彼女とに⋯小さな相違が生まれていた。
彼女の右の目から、たったのひと粒。
頬に伝って流れてくるものが⋯あったのだ。
有昧后は、恐る恐る⋯手を伸ばして。
人差し指でそっと彼女の頬に触れると⋯、その涙をすくい取る。