海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
2章 渡り鳥、翼を畳む

第7話 相棒・福の憂鬱

有昧の夕日を見てから、ひと月以上。あの日以来ー⋯、あの男が私と顔を合わせることはほとんどなかった。

福によると、あの猪料理をこっそり取り分けていたらしく―⋯、有昧后も食したという。
感想は、無論⋯「無」だ。

あの高御座に現れたことは?
もちろん、ない。

そりゃあ、一国の王⋯いや、そうで違いないが、方国の后と呼ぶのが正しいか。
とにかく、そうであるのだから、一般の平民が気軽に会える立場でもない。
それでも、あの者の監視の目は⋯いつも、どこでも感じるのだから不思議だ。

灰色の、無機質な⋯視線。

福は言う。
毎日ではないけれど、度々顔を出している―⋯、と。

本当だろうか?

「きっとこの牢獄(ろうごく)のせいだな」
左腕の、その見えない腕輪を引きちぎる思いで⋯ぎゅうっと摘んで。結局は己の皮膚をつねってしまう。

(⋯⋯痛い。単純に、痛い)

そう、やっぱり触ることすらできない。

これがあるせいで、身は例え自由になれども⋯何処か不自由で、未だ捕まったままの感覚に陥るのだ。既に結ばれた主従関係はー⋯圧倒的に不利なまま、未だ打破することができない。

(不自由と言えば。このヒラヒラした裾も―⋯引っかかりがあって上手く歩けない。全く不釣り合いだし⋯たくし上げるしかないなど効率も悪い)


「⋯棠、海棠(カイドウ)!!」そう呼ばれて、ハッとして⋯その声のする方へと振り返る。

その主、福は、てくてくと駆け寄って来ては⋯買ったばかりの食材を、私が持つ籠の中へと、また、放り投げた。
もう、他を入れる隙間もないくらいに⋯満杯だ。
「なぜ、こんなに大量の食材を?」
日はだいぶ高くなって来ていて、時刻は⋯⋯、現在??時。
時計もスマホもなけりゃあわかりもしない。
感覚で言うなれば⋯10時くらいであろうか?人間界いる時は、だいたいいつも同じ時間に起きていたから⋯そのリズムが未だ整っているのなら。
うん。10時くらいだ。

「もう()(こく)だからな。軍の者たちに昼餉(ひるげ)を運ばないと」

「⋯なるほど。()十二時辰(じゅうにじしん)採用だったのか。ありがたい」

「⋯⋯?」
福はキョトンとした顔をしているけれど、私にとっては大きな収穫。
歴史上あったかないかの伝説の(?)王朝でもあるから、ここに議論はあるだろう。日本でもお馴染み、そして、中国の伝統的な時法であることに、まずは感謝したい。

「⋯うん。巳の六刻だな」

「⋯⋯⋯」
今度は私がキョトン、とする。
何せこちとら20☓☓年に生きた現代人。スマホで一発、情報社会。
うっかりドヤってしまって⋯申し訳ない。

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