海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
男は穏やかな笑みを浮かべて。
それから、鏡を持つ私の腕を掴むと⋯
あっという間に、気づけばそこは⋯男が笛を奏でていた、あの木の枝の上であった。
「⋯⋯!」
手を添え、私をそこに座らせた男は⋯意外だ、と言わんばかりに、私の姿を見て笑う。
それもそのはず。
木の枝。高く、足場も揺れる⋯不安定なそこは。
有名なアトラクションのそれよりも、恐怖を仰ぐのだ。
「下さえ見なければ⋯⋯うわ、揺れたっ!」
思わずぐらつく私の腕を男が掴んで、落としかけた鏡をキャッチする。それから⋯「ゆっくり呼吸を合わせて」と、自身の口元を指さして合図のように、ひとつ頷いた。
ゆっくりと、長く⋯私に聴こえるようにして、男は息を吐く。私はそれを真似、合わせるようにして⋯呼吸を整えていく。
「臍の下、ここ⋯丹田を意識してもう一度」
するとどうだ。先程までの恐怖心が幾分か和らぎ⋯そこでやっと私は、男の顔を見ることができた。
「先程までの勇敢さはどこへ行ったのですか?」
「⋯⋯高所恐怖症なんです」
「そうでしたか。ならば克服するよいきっかけになったでしょう?」
柔和な顔で意地悪を言う。
けれど、嫌味はない。
私達は決して下を見ずに、互いに何度も視線を合わせながら⋯話をした。
男の言う苦肉の策とは、人を探す為の⋯ものだった。
琴を奏でることが日課であったその者は⋯気まぐれで天妖界を訪れては、時に現れる妖怪や獣たちをからかいながら、その音色を響かせていた。
男は1度だけ、その場に遭遇したことがあるのだという。鸞の唄声とその者の調の忘れられず、幸運を運ぶその吉兆を⋯再会の標となるのではないかと、今宵ここを訪れたのだそうだ。
思いきって、聞いてみる。
「それで、貴方が遭ったその者は雄と雌、どちらだと?」
賢そうなこの者なら、この質問の意図を⋯理解するだろう。
からかい半分。でも、気にも留めないであろう。
「⋯⋯。鸞は雄の鳥のことをいいます。雌であれば、それは⋯和と呼ばれます。 ⋯この答えで、満足ですか?」
「⋯⋯そうですか」
予想外に難なく返された答えに、ちょっとだけ自分が恥ずかしくなった。
これ以上は⋯愚問であろう。
それから、鏡を持つ私の腕を掴むと⋯
あっという間に、気づけばそこは⋯男が笛を奏でていた、あの木の枝の上であった。
「⋯⋯!」
手を添え、私をそこに座らせた男は⋯意外だ、と言わんばかりに、私の姿を見て笑う。
それもそのはず。
木の枝。高く、足場も揺れる⋯不安定なそこは。
有名なアトラクションのそれよりも、恐怖を仰ぐのだ。
「下さえ見なければ⋯⋯うわ、揺れたっ!」
思わずぐらつく私の腕を男が掴んで、落としかけた鏡をキャッチする。それから⋯「ゆっくり呼吸を合わせて」と、自身の口元を指さして合図のように、ひとつ頷いた。
ゆっくりと、長く⋯私に聴こえるようにして、男は息を吐く。私はそれを真似、合わせるようにして⋯呼吸を整えていく。
「臍の下、ここ⋯丹田を意識してもう一度」
するとどうだ。先程までの恐怖心が幾分か和らぎ⋯そこでやっと私は、男の顔を見ることができた。
「先程までの勇敢さはどこへ行ったのですか?」
「⋯⋯高所恐怖症なんです」
「そうでしたか。ならば克服するよいきっかけになったでしょう?」
柔和な顔で意地悪を言う。
けれど、嫌味はない。
私達は決して下を見ずに、互いに何度も視線を合わせながら⋯話をした。
男の言う苦肉の策とは、人を探す為の⋯ものだった。
琴を奏でることが日課であったその者は⋯気まぐれで天妖界を訪れては、時に現れる妖怪や獣たちをからかいながら、その音色を響かせていた。
男は1度だけ、その場に遭遇したことがあるのだという。鸞の唄声とその者の調の忘れられず、幸運を運ぶその吉兆を⋯再会の標となるのではないかと、今宵ここを訪れたのだそうだ。
思いきって、聞いてみる。
「それで、貴方が遭ったその者は雄と雌、どちらだと?」
賢そうなこの者なら、この質問の意図を⋯理解するだろう。
からかい半分。でも、気にも留めないであろう。
「⋯⋯。鸞は雄の鳥のことをいいます。雌であれば、それは⋯和と呼ばれます。 ⋯この答えで、満足ですか?」
「⋯⋯そうですか」
予想外に難なく返された答えに、ちょっとだけ自分が恥ずかしくなった。
これ以上は⋯愚問であろう。