海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
第9話 世を編纂する男・博益
ほろ酔いで、2人で語り続けて⋯随分と時間が経ったように思う。
すっかり打ち解け⋯いつの間にか、男の語り口調にも変化が出て来た頃。
酔って饒舌になった私は、これまで溜まっていたもやもやとした鬱憤を⋯この者にさらけ出したくなっていた。
受容。
心理学において、相手の思いをまず受け取ることこそが⋯救いの一手となる。
難なくまるで当たり前であるかのように⋯相槌を打ちながら、それを体現していくこの者に。酒の力も相俟って⋯私が気を許してしまうきっかけになったことは明らかであった。
「人間界のことを聞きたいと言っていましたね。少し⋯お話しましょう。私が19年間過ごしたのは、ここからずっと東にある⋯島国です。日《ひ》出《いづる》る国⋯日本」
「日本?この夏《か》の外には多くの国があると聞いたことはあるが⋯?」
「そうです。今の時代はわかりませんが⋯私がいた時代には世界には196,7ほどの国が」
「⋯⋯我が国は、その中のひとつだと言うのか?」
「ここも、日本も、数ある国の中のほんの1部です」
「⋯⋯⋯」
彼は目を見開いて。少しだけ⋯驚いたかのような表情を見せた。
「何の証拠もないですけどね」
「⋯だが―⋯そなたは、それを知っているであろう?かような壮大な嘘をついても、何の利もあるまい」
「信じるのですか?」
「私は自分の目で見たことを信じるのみ。だが、信ずるに値するものは⋯見てみたい、とそう思わせたことを認めた時」
有昧王も⋯信じてこそいなかったかもしれないが、この話を興味深く聞いていた。この者もまた、そうで⋯あるのか?
私は徐に、懐から《《あるもの》》を取り出して。それを、彼の目の前に⋯広げて見せた。
そう、私が描いた、不格好で朧気な⋯世界地図だ。
「これは⋯?」
「世界地図です。夏《か》はおそらくこの辺り。大国の中の一部で⋯、日本は、ここです」
「日の本《もと》と書くのだな。JAPANとは?」
「他国からは、そう呼ばれているのです」
「海に囲まれているが⋯どうやってそこを出たと?」
「空を飛ぶ飛行機もあれば、船もあります。行こうと思えば、時間とお金さえあれば⋯、どこにでも。ああ、あとは国の許可がおりていれば、という大前提がありますが」
「⋯⋯⋯」
「それに、このような地図をわざわざ描かずとも、行かずとも、小さな携帯用の箱⋯?このくらいの大きさの、薄い、機械⋯」とここまで言って、言葉に詰まる。機械なんて単語も、通じるはずもなく⋯スマホを形容するには、紀元前の世では何を言っても⋯伝えきれないことは明白だ。
「行かずとも?⋯何だ?」
それでも、何とか聞こうとする、この男のその姿勢が⋯嬉しかった。
「【何でも答えを見つけてしまうもの】に問えば、個人で世界のことすら知ることができるのです。景色だって見れる。それさえあれば、この地図もいらないし⋯貴方にも、もっともっと世界のことを教えることができるのに」
「⋯⋯⋯」
「例えるなら⋯衣、食、住に纏わる文献や、歴史、医学、伝記⋯それら世にある、あらゆる書を1つに集約し編纂した⋯膨大な知識をもつ、バケモノです」
「⋯⋯どこに居るのだ?会ってみたいものだ」
男は至って真剣な目で、大真面目に聞くもんだから⋯。
私はもう我慢できずに、大笑いしてしまった。
「どこかに行ってしまいました。Google先生も、Alexa先生も、Gemini先生もみーんな」
「探さずとも良いのか?困るのであれば、手伝っても構わない」
「いえ。どんな知識人でもここではきっと⋯なんの役にも立たないでしょう。人間界ではないのですから。だって、人間界には鸞も帝江もおらず⋯貴方のようにひとっ飛びで木の上に登れる者だっていないです。それに⋯、入郷随俗《ルーシアン スイズゥ》、ここを知るには、ここの風俗に従わねば」
すっかり打ち解け⋯いつの間にか、男の語り口調にも変化が出て来た頃。
酔って饒舌になった私は、これまで溜まっていたもやもやとした鬱憤を⋯この者にさらけ出したくなっていた。
受容。
心理学において、相手の思いをまず受け取ることこそが⋯救いの一手となる。
難なくまるで当たり前であるかのように⋯相槌を打ちながら、それを体現していくこの者に。酒の力も相俟って⋯私が気を許してしまうきっかけになったことは明らかであった。
「人間界のことを聞きたいと言っていましたね。少し⋯お話しましょう。私が19年間過ごしたのは、ここからずっと東にある⋯島国です。日《ひ》出《いづる》る国⋯日本」
「日本?この夏《か》の外には多くの国があると聞いたことはあるが⋯?」
「そうです。今の時代はわかりませんが⋯私がいた時代には世界には196,7ほどの国が」
「⋯⋯我が国は、その中のひとつだと言うのか?」
「ここも、日本も、数ある国の中のほんの1部です」
「⋯⋯⋯」
彼は目を見開いて。少しだけ⋯驚いたかのような表情を見せた。
「何の証拠もないですけどね」
「⋯だが―⋯そなたは、それを知っているであろう?かような壮大な嘘をついても、何の利もあるまい」
「信じるのですか?」
「私は自分の目で見たことを信じるのみ。だが、信ずるに値するものは⋯見てみたい、とそう思わせたことを認めた時」
有昧王も⋯信じてこそいなかったかもしれないが、この話を興味深く聞いていた。この者もまた、そうで⋯あるのか?
私は徐に、懐から《《あるもの》》を取り出して。それを、彼の目の前に⋯広げて見せた。
そう、私が描いた、不格好で朧気な⋯世界地図だ。
「これは⋯?」
「世界地図です。夏《か》はおそらくこの辺り。大国の中の一部で⋯、日本は、ここです」
「日の本《もと》と書くのだな。JAPANとは?」
「他国からは、そう呼ばれているのです」
「海に囲まれているが⋯どうやってそこを出たと?」
「空を飛ぶ飛行機もあれば、船もあります。行こうと思えば、時間とお金さえあれば⋯、どこにでも。ああ、あとは国の許可がおりていれば、という大前提がありますが」
「⋯⋯⋯」
「それに、このような地図をわざわざ描かずとも、行かずとも、小さな携帯用の箱⋯?このくらいの大きさの、薄い、機械⋯」とここまで言って、言葉に詰まる。機械なんて単語も、通じるはずもなく⋯スマホを形容するには、紀元前の世では何を言っても⋯伝えきれないことは明白だ。
「行かずとも?⋯何だ?」
それでも、何とか聞こうとする、この男のその姿勢が⋯嬉しかった。
「【何でも答えを見つけてしまうもの】に問えば、個人で世界のことすら知ることができるのです。景色だって見れる。それさえあれば、この地図もいらないし⋯貴方にも、もっともっと世界のことを教えることができるのに」
「⋯⋯⋯」
「例えるなら⋯衣、食、住に纏わる文献や、歴史、医学、伝記⋯それら世にある、あらゆる書を1つに集約し編纂した⋯膨大な知識をもつ、バケモノです」
「⋯⋯どこに居るのだ?会ってみたいものだ」
男は至って真剣な目で、大真面目に聞くもんだから⋯。
私はもう我慢できずに、大笑いしてしまった。
「どこかに行ってしまいました。Google先生も、Alexa先生も、Gemini先生もみーんな」
「探さずとも良いのか?困るのであれば、手伝っても構わない」
「いえ。どんな知識人でもここではきっと⋯なんの役にも立たないでしょう。人間界ではないのですから。だって、人間界には鸞も帝江もおらず⋯貴方のようにひとっ飛びで木の上に登れる者だっていないです。それに⋯、入郷随俗《ルーシアン スイズゥ》、ここを知るには、ここの風俗に従わねば」