海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
男は静かに頷いて、それから⋯にこりと笑うと。今度は彼の方から⋯、つらつらと取り留めのない走り書きをした、ある書《メモ》を見せてもらった。

「⋯⋯南山経《なんざんけい》の首《はじめ》を䧿山《きざん》と曰《い》ふ⋯」

そんな冒頭から始まる中身には、私の知らない名の生き物や奇妙な植物、独特な神であったり⋯、とにかく、山や川を辿り、淡々とその情景を綴っている、何とも不思議な異世界が⋯記述されていた。

「これは?」

「かつて川の氾濫を治める為に各地を回って歩いたことがあった。そこで見たり聞いたりしたことを、ひたすら綴った物だ」

「⋯⋯」

「そなたの言う【世界地図】のようなものであるな」

「⋯⋯⋯」

「帝王は、この夏《か》を統治してまだ日が浅い。世を九州に分けて治めているが⋯何せ広く、知り尽すにも困難であろう?私は各地を巡り、知り得たこと全てを纏め⋯編纂しよう、と。それに⋯、これがあれば、民にとって生きる為の指針にもなり得るだろう?後世に役立つものを私の手で作り上げるのだ」

「⋯⋯貴方は、禹王《うおう》の」と言いかけて、それを⋯やめた。

実直な男に相応しい、なんと立派で、興味深い志であろう。知りたい、と思う欲求。その理由は違えど、見ている先の光景は⋯その展望は、私の望みによく似ている、と⋯そう感じた。

生きる時代も、世界も、価値観だってまるで違うのに⋯。共鳴している自分がいた。

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