海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜

第8話 雨過天晴

(第8話は三人称でお届けします)

6月。

しとしとと長雨が降り、中原や有昧の者達は農地や川の対策に追われる時期が訪れていた。


有昧后は⋯この時期になると、己の古傷が痛むことがあった。
ただの雑音にさえ感じていた長雨は、今は少しだけ違う。昔の記憶を想起させて、自然と思いを馳せるのだ。これは―⋯久しく哀の感情を持ったからこその現象であった。


一方で海棠の癖っ毛がー⋯湿気でうねるのは、いつもこの時期であった。
長雨で外出もままならない中で、退屈しのぎにと、貯蔵庫にこもり、賑やかに遊ぶ光景が―⋯そこにあった。


川原の石を砥石(ざらざらした硬い岩)に押し付け、水をかけながら何度もこすって正確な立方体に。
錐の先端に砂(研磨剤)と水をつけ、石の表面を削って「1」から「6」の小さなくぼみを彫る。
表面を鹿革で何度もこすり、手触りがよく、転がりやすいようになめらかに仕上げる。

そう。サイコロの完成である。


手製のすごろくで遊んでは⋯
「高御座に止まったらスタートに戻る。鬼畜な軍師に強制撤退させられるから」などと、福をヒヤヒヤとさせてみたり、丁半遊びでは、干し肉などを賭けてみたり。
なんだかんだ、海棠といると―⋯退屈しない福であった。




その夜、珍しく早めの時間帯に有昧后が貯蔵庫の外にー⋯立っていた。

大きな雨音に負けじと、室内からは弾む声が聞こえてくる。

「丁か、半か!!」
海棠の威勢のいい声が耳に届きます。


彼はふと、開いている小さな高窓に目をやると―⋯蝋燭の温かい光が―⋯そこからこぼれていた。

それから―⋯壁に寄りかかって。やまない雨をじっと見上げるのであった。



「こっちは―⋯四。そして―⋯?」
海棠がゆっくりと土器を持ち上げると―⋯。現れた目は、【一】であった。

「合計、五。半!やった、また勝った」
福の歓喜の声が―⋯あがる。

「福。コレ、秘密なんだけどさ。今は負け倒しても、莫大な回数を重ねると、結局『丁』と『半』が出る確率は半分ずつに近づくんだよ。つまり結果は五分五分になる。【大数の法則】っていうの」

「⋯⋯へえ。じゃあ、おまえがさっきから負け続けているのは、その『たいすうのほうそく』とやらが証明されるまでの途中の、ただの哀れな偏りってわけだ。負け惜しみはいいから」

「あ。信じてないね。ヨシ、今日からカウントしてやる」

海棠は証明する為に、アホみたいに回数を重ねて賽を振り続けている。そして―⋯その回数を土壁に【正】の文字を刻んでカウントしていく福。


いつもは日にちを数える為の一画分だけのはずだが、今日は違う。お陰で、壁を挟んだ有昧后の背中に、何度も僅かな振動が伝わってくるのであった。

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