海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
切なく、そして―⋯温かく雨が振り注ぐ中、この雨音が、と、ある足音を消していたことに、未だ誰も気づいてなどいない。

複数人の黒ずくめの男たちが―⋯闇夜に紛れて、この貯蔵庫に近づいていたのだ。
見張り役が警戒しながら合図を送り、閂に手をかけて、一気に入室する。

バサっと筵のカーテンをめくった瞬間に―⋯海棠は異変を察知し、サイコロを立て続けに⋯投げつけた。
1つは1人の男の頬を擦り、もうひとつは、壁にはじかれる。

一見すると、ただの少女と⋯小さな少年である。

「驚かせてすまない」
男たちは警戒を解いて、海棠たちに頭を下げた。

「いえ。こちらこそ―⋯確認もせず石を」

海棠もまた、石を投げてしまったことを男たちへと素直に謝るが―⋯頭を下げるフリして、チラリと福の表情を確認する。

有昧后の部下ならば―⋯福は警戒しないはずだから。

「探し人がいるのです。見つけたら保護するよう、禹后(うこう)より索命(さくめい)が下されています。どうかご理解を」
男達は、割れた玉符(ぎょくふ)を海棠に突きつけた。

王が命を下した者に与える、片割れ(※もう片方は王が持っている)の符だ。


彼等には、海棠は―⋯【貯蔵庫に閉じ込められている高貴な女性】として映っていた。それは、顔も知らぬ相手の特徴に⋯似てもいる。そしてこの境遇こそが、怪しいと。そう思わせていたのだった。


「⋯なぜかような場所に?」

「⋯⋯貴方達こそ、有昧の者では⋯ないでしょう?なぜこの地に?」


両者の、腹の探り合いが―⋯始まる。

木版(もくはん)(※どこの集落の者か証明するもの)か、(でん)(※関所を通るための証明)を」

「⋯⋯⋯」
身分を証明するものなど⋯持っている訳もない。

「それとも、玉瑞(ぎょくずい)をお持ちで?(※高貴な者がもつ身分を証明するもの)」

「⋯⋯⋯」
ますます、持っている筈がない。なのに―⋯、だ。

「持っていないでしょう。かような所にいるべき人ではありません。⋯手荒な真似はしません。命に従い、送り届けるだけです」


男たちは目配せをすると―⋯2人は福を取り押さえ、残りの者は、行く道を先導しようとしている。
男のうちの1人が、海棠をそっと支えるように肩に手を置こうとしていた。

「人違いです。私は―⋯」
言葉を続けようにも、出てなど来なかった。

【お前は何者だ?】
有昧后にも散々聞かれたのに、答えを⋯知らないのだから。
確かに、手荒さは―⋯、ない。調べてもらえば、人違いだとわかる筈。

―⋯が。
ここでは異質である人間を、匿った有昧后はどうなる?


ここで一大決心をした海棠は、自身の真骨頂、ボランチ不意打ちのロングシュートのモーションを入れる。

中の様子を窺い見ていた有昧后が、姿を現したタイミングで。

男の弁慶の泣きどころに―⋯強烈なインパクト!

有昧后の動きが、ピタリと止まる。

そして―⋯攻撃した海棠は、左足を上げてピョン、ピョンと跳ねているのだった。



男たちは痺れを切らして、ついに刀を構えた。
「失礼します。どうかお許しを」1人が、海棠にそれを突きつけている。


有昧后の灰色の視線が、蝋燭の火を映して揺らめきを宿した瞬間に―⋯
一斉に、蝋燭の灯火が消失し暗闇が訪れる。

< 49 / 128 >

この作品をシェア

pagetop