海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
1章 出会いと契約の対価

第1話 人文学による彼女の展望

「三途の川を見た」と、死の淵から生還したある人が言った。

メディアやネットでもそんな話を皆1度は聞いたことがあるだろう。この世とあの世を隔てる境界線にある、川の話だ。

仏教の死生観や民間信仰基づいた概念のひとつであるが、私は信じていたわけでも信じなかった訳でもない。そもそも何も信仰していない、ただゆるく、無計画に生きる人間だ。自分が目で見たもの以外は⋯ただただ現実味がない、というだけであって、その存在を肯定も否定もしない。

けれど⋯、その想像するソレに似た光景を観てしまった。
漠然と余儀った【死】が勝手に頭のなかでソレを構築して現れたのか?

さて。
考えを巡らせることができている今は、深い眠りの中なのか?

状況を整理しよう。
自分の生については⋯諦めはつかないが、執着はあとにして一旦置いておこう。

最も憂うべき死を前に、この思考もおかしいけれど⋯次に起こる状況が気になって仕方ない。

怖いか怖くないかで言えば、死ぬほど怖い。
体現したくもない。

でも、もがくためには⋯どこまでも俯瞰的視点で考えないと。

人文学を学んだのも、歴史や思想、哲学、その真相や真意を読み解けば⋯もっと深い意味で世界を、人を知ることができると思ったから。新しいことへの興味が尽きない性分と、人との関わりが好きな自分の探究心がこの道を選ばせていた。

三途の川が現れたのならば、仏教的思考で、とことん。

思い出せ⋯。

仮に亡くなってしまったのなら。初七日から四十九日までに7日ごと7回の審理を。長ければ百ヶ日忌、一周忌、三回忌と追加で審理が行われ、私の生前の善悪の業をすべて調べられる。

直近で言えば遅刻というやらかしは、どれほどの悪に該当するのか気になる所だ。

忌日にそれぞれの十王(じゅうおう)から審理を受けるはずだが、かの有名な閻魔大王(えんまだいおう)は、この十王のうちの1人だったはず。
全てを終えたあとには⋯悪業あらば苦しみを受けた後に、転生する先が決まる。
仏教で説く六道輪廻。
どこに行ってもひたすら苦しい、生と死を繰り返す終わりなき迷いの世界だ。

(⋯待って。何か、解決法って⋯)
どうやって?
いつか観たドラマみたいに徳を積んでみる?

いや、意図的にしたらそれは善行とはいえないか。

1番肝心な、【教え】の部分が覚えていない。
興味あることは、物語を読むようにして⋯イメージしながら覚えるのに。大事なことが抜け落ちている。
これが三国志だったらなあ、とふと思う。丸暗記するほどの愛読書。その知識に漏れなどない。

さておき、これから何が起こる?
死後の世界への移行を象徴する重要な場所⋯【三途の川】。ここを渡る前に、最初の裁きがある。閻魔様はだいぶ後でお出ましだったはずだ。

最初に現れるのは⋯?
冥界の入り口で迎える1番初めの王の名前は⋯。そう、確か⋯

思い出した!!
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