海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
不意に⋯⋯風が渦を巻いて、2人を包む。
博益がハッと気づいた時には⋯海棠の体がぐらり、と前方に倒れて⋯急いで手を伸ばす。

何度も死守したというのに、この時ばかりは⋯油断してしまったのだ。

真っ逆さまに落ちていく海棠を守ろうと、掌を翳し霊力を放とうとした時であった。



海棠が落ちていく先に、遥か⋯下方に。
腕を広げ、それを待つ者が⋯目に入った。


海棠の身体は宙に浮き⋯ゆっくりゆっくりと下降していく。

博益はその動向を⋯木の上から、ただ眺めていた。


海棠の身体を引き寄せるようにして受け止めたのは⋯黒紅梅の髪色をした男であった。

その男もまた⋯驚いたかのようにして、目を見開いては⋯博益の方を見つめていた。


見つめ合って数秒。
最初に根負けしたのは⋯博益の方だ。

ふうー⋯、と長い息を吐いて。それから、「待たれよ」と、釘を刺してから。ふわりと⋯地面へと降り立ったのだった。

海棠からあの地図を見せられた瞬間。
世界の風貌に驚きを禁じ得なかった。けれどそれと同時に⋯気づいた。

その、籠手(こて)
9つの黒鉄と思わしきものが埋め込まれたそれは―⋯月明かりに照らされ、五色に光った。それは、天妖界を揺るがす事件。その修復に使われた―⋯天の力が宿る石であると。一介の者が手に入れられる石ではない。持ち主は天界に近しい者、そして武に長ける者。けれど―⋯なぜそれが彼女の手に渡ったのか?

その9つの石の1つが、欠けてる。
その理由を―⋯博益は知っていたのだ。




博益は、海棠を抱きかかえる男の顔をじっと見て⋯
「随分と久しいな。例えかような僻地にいても、お前の功績は嫌でも耳に入って来るが⋯」
と、その男の肩へと手を置いた。

「⋯⋯⋯」
男はふい、っと目を逸らして。
海棠をゆっくりと地面へと下ろしてから⋯博益へと、片膝ついて深く敬拝する。

「久方振りだ」

「堅苦しい挨拶は要らぬ。無事に過ごしているようで⋯安堵したぞ、有昧伯」

柔和な笑みを浮かべる博益とは対照的に、男の表情は1ミリも動きはしない。


「⋯⋯⋯黒紅梅のままであるとは⋯」

「⋯⋯⋯」

「今のお前は、何て呼ぶべきなのだ?」

「お好きなように」

「禹后が本当にお許しになったと、そう思っているのか?まだ疑っておいでだと⋯気づいているだろう?お前はなぜ頑なに⋯」

「構わぬ。罰はいつでも、受けよう」

「心配して言ってるのだ」

「情けをかけるつもりか?」
男は、博益へとじり、じりと近づいて。据わった目つきで⋯じっくりと⋯睨みつける。

博益は男のぐいっと顔を押しのけて。
負けじと⋯睨み返した。

「まだ⋯己の顔を捨ててないのか、浮游(ふゆう)よ」

博益が呼ぶその名前、浮游(ふゆう)。男はピクリとその名に反応し、うっすらと⋯笑いを浮かべた。

「命を奪っておいて、なぜそう思うのだ?」

「⋯⋯⋯。お前だろう?あの者を弔ったのは」

「何の話だ」

「まあ、よい。過ぎたことだ。いずれにせよ、私が出会ったのは、お前に違いはないのだから」

「⋯⋯⋯」

「もう禹后を失望させるでない」

「忠告に感謝する」

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