海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜

第13話 冬凪に消えた涙

やって来たのは小さな小さな島で、火を焚きそれを囲うようにして⋯2人座っていた。

全くの⋯恥である。
流れに身を任せて、浮游に助けられたものの⋯私は炎を前に、体育座りをして、ガッチリと⋯膝を抱えて顔を突っ伏していた。

よくよく考えたら、身を守るために衣服を脱いだ結果⋯白の薄い中衣が、身体に張り付くようにして⋯透けていたのだ。

興味がないのであろう。浮游はそこに触れることなど勿論なく、ただ、霊力で⋯徐々に乾かしていくのみだった。

不思議と⋯全く寒くはない。
この男が、きっと何かを施してくれているのだろう。

相変わらず空は明るく、ぐったりと疲れ切った体は⋯もう寝る前の、その状態。
だいぶ時間が経ったはずなのに、なぜ⋯?

頬を膝につけたまま、顔だけ浮游の方を向いて⋯尋ねてみる。

「海に落ちる前に、日が暮れたはずなのに⋯ここはもう、朝なの?」

「⋯どう思う?」
質問に、質問で返された。
いつもそうだ。簡単には、答えをくれない。

「時計がないから、何とも言えないけれど⋯感覚的には、夜に違いない」

「⋯⋯⋯」

「今日は色々あり過ぎて、疲れ切って⋯。できるのなら⋯ご飯を食べて、すぐにでも布団に入りたい。⋯ね?これは、夜の感覚でしょう?」

同意を求めるものの、彼の感覚とはだいぶ乖離があるのかもしれない。首を傾げて、口の端っこをちょっとだけ⋯上げているのであった。

(あ、笑った)

けれど、それもすぐに元のクールな表情へと戻って。ただの反射で⋯感情表現ではなかったのだろう、との思いに至った。

「何かを食べないと、寝れぬと言うのか?」

「そりゃあそう。お腹の虫が暴れて、ぐーぐー鳴って寝れやしない」

浮游は⋯想像したのだろうか?視線をちょっと上にやって、暫く⋯考えているようだった。

(この様子だと、虫を飼ってるのか、とでも言い出しそうだな)

「体に蟲を飼って⋯」
ホラ見よ!

「比喩です!!例え話。腹が鳴る様を、虫が鳴くと表現しただけ。⋯冗談です、冗談」

はあ?とでも言いたそうな、しかめっ面。
妖怪にはお腹がすく感覚が⋯ないのかもしれない。

冗談も⋯通じないのかもしれない。


浮游は「丁度良い」と呟き、急に立ち上がると。
ゆっくりと海の方へと⋯歩いていった。
私は前衣を腕で隠すようにして、後をついていく。

海の前に立つと、彼は人差し指で海の方を示して。
見よ、と言わんばかりに⋯目配せする。

すると⋯、海上の上を、跳ね上がるようにして。一匹の羽のついた魚が⋯飛んでは消え、飛んでは消えを繰り返しているではないか。

「トビウオ⋯?」

文鰩魚(ぶんようぎょ)。普段は西海から東海に跨って泳ぐ⋯淡水魚だ。夜にはこうして飛行することがある」

「海にいるのに⋯淡水魚?」

「元々は山を水源とした川に住んでいる」

「なぜ⋯こんな寒い海に?」

「報告があった。北海の域は冬であるのに⋯急に夏が訪れた、と」

「夏?この寒さで?」
言っている意味が⋯わからない。
そもそも、四季というものがあるのか?

「海流の一部が暖まっているのか、迷い込んだのかは分からぬが⋯度々目撃されてのであれば、天地変動の際にここにやって来た文鰩魚(ぶんようぎょ)がどこかで繁殖しているのかもしれない」

そう言って浮游は、翳した掌から弓矢を出現させると⋯
一瞬、姿を見せた文鰩魚にその矢を放った。
見事に、命中!

その矢を、手元に戻すと⋯。
矢は確かに文鰩魚を射抜いていたはずなのに、それが石ころに変わっている。

「これを⋯どうするの?」

「石が紅くなる前に、元の姿に戻せばいい」

「⋯⋯?」

浮游は私の掌に、その石ころを置くと、手を翳し、覆うようにして⋯ゆっくりと撫でるように、力を注いでいく。

するとどうだ。
手元にどっしりとした重みがかかり⋯元に戻った文鰩魚が、パチンっと手を弾いて⋯跳ね上がった。

⋯が。
その胴体を、彼にガッチリと掴まれて⋯試合終了。

「腹が減ると、虫が鳴くのであれば、何か食べればよい」

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